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艦長室の扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえたので、ランスは鉄製の重い扉をそっと押し開けた。すると、いきなり顔面めがけて紙飛行機が飛んできた。
「うわっ!」
ランスはのけぞり、かろうじてそれを避けた。
「何するんですか! 目に入ったらどうするんだ!」
「僕じゃない! ブレンだ」
艦長は隣に立つブレンを指差す。ブレンは半笑いで謝った。
「わりーわりー、お前の反射神経を試したってことで、な?」
艦長室の床には同じような紙飛行機が大量に散らばっていた。いつも通り部屋の隅に立っているアーノルドは、二人を止める気すらなかったのか、何かの操作説明書を読んでいる。艦長は呑気な声でブレンを
「君が作った紙飛行機って全部カーブするよな。作った人が屈折してるからか」
「朝食ったもん吐きてえのか?」
ブレンに首を絞められ、艦長は青ざめた。ランスは近くに落ちていた紙飛行機を蹴飛ばした。
「あのー、俺の話を聞いてくれませんか」
ブレンから解放された艦長は、咳き込みながら執務机の椅子に座った。
「ああ、どうした?」
ランスはメイから聞いた古い石像の話をした。艦長は真面目な顔に戻り、机上の電話の受話器を取った。どうやら操舵室と連絡を取っているらしい。彼は話しながらランスに頷きかけ、ひとことふたこと言葉を交わすと受話器を置いた。そして、スケジュール変更が必要だが寄ることは可能だ、またあとで連絡すると言った。
「メイさんは一緒に行けませんか? ずっとその街に帰ってないらしくて」
ランスが聞くと、艦長は微妙な顔をしてみせた。
「メイがいなくなったら、みんなの胃袋の世話人がいなくなる。それにメイは行きたがらないだろう」
「何か理由があるんですか?」
「まあ、行きたいかどうか確認はするよ。じゃあ、後でね」
それ以上聞いても何も教えてもらえそうになかったので、仕方なくランスは紙飛行機を蹴飛ばしつつ艦長室をあとにした。
それから一時間ほどしてから、アーノルドが修正版のスケジュールを持ってきた。翌日の午後三時に
「一緒に行ってくれるのがレベッカとアウグスタさん? お医者さんが行っても大丈夫なのか?」
アウグスタは、長い黒髪の眼鏡をかけた物静かな女性だ。ランスはこの二ヶ月間、一度も彼女と話したことがない。大きな怪我をしたことがなく世話になっていないからだ。彼女が食堂でメイを手伝っている姿はよく目にしているが、繁忙時を過ぎるとすぐに姿を消してしまうし、そもそも話している声すら聞いたことがない。
「軍医だ。戦力としては問題ない」
確かにアウグスタは背丈があるし、医者の割に体つきがしっかりしているような気もする。まあ、艦長が決めたのなら大丈夫なのだろう。ランスは用紙を四つ折りにしてポケットに仕舞った。そのまま船室に戻ろうとすると、アーノルドに引き留められた。
「スプリングフィールド、いま用事がないなら仕事がある」
なんとなく嫌な予感がした。アーノルドは相変わらずの無表情に事務口調で、「艦長室を片付けろ。俺は他の用事がある」と告げた。
「ホントかな?」
「俺は嘘をつかん」
「それもホントかな?」
アーノルドは返答せず、大股で歩き去っていった。
ランスは仕方なくその足で艦長室に向かった。扉を三回ノックして入室を許可されてから入ると、珍しいことに室内にいるのは艦長だけだった。
艦長は執務机に肘をついて指を組み、黙りこくって机上の書類を睨みつけていた。一言も発さず身動きもしないので、居心地が悪いことこの上なかったが、ランスはできるだけ静かに、彼らが散らかした大量の紙飛行機をゴミ袋に詰め込んだ。どうやら紙飛行機は裏紙で作られていたらしい。全部きれいに片付いたところで、ようやく艦長は「ごめん」と言った。
「なんでこんなことしてたんですか?」
「それはね、大人の事情というやつに腹が立ったからだ。腹いせ」
彼の表情と口調からは、それが本当のことかどうかは読み取れなかった。
「あの、今度一緒に行くアウグスタさんって、強いんですか?」
「アウグスタとは初めてか。いい機会だね。頼りになるし、万一怪我をしたら、すぐ応急手当てしてくれる。怪我はない方がいいけどね」
それから彼は、前にも言ったと思うがと前置きして、君も銃火器を扱えるようになったほうがいいと言った。
「じゃあ、今度レベッカに教えてもらいます」
「それはいい。ベッキーにとってもいい経験になるだろう。人に教えると、いい勉強になるから」
ランスは、艦長がいつも微かな硝煙の香りを纏っている割に、一度も銃を手にしているのを見たことがなかったので、質問してみることにした。
「艦長は何を使ってるんですか?」
彼は微笑んだ。
「使いやすい拳銃とライフルをブレンから借りてる。コレクター品らしいから、壊したら怒られそうでヒヤヒヤしてるけどね。初心者でも使いやすい機種ならベッキーに訊くといい。武器庫にも余ってるやつがあったはずだ。あれは、まあ慣れだよ」
そう言って艦長は立ち上がって伸びをした。少し休憩するつもりなのか、机の端にあった分厚い本に手を伸ばしたので、ランスはずっと前から聞きたかったことを口にした。
「艦長、教えてほしいんです。俺を追い回すあいつらは一体何なんですか。白桜刀の力を手に入れて、どうするんですか」
艦長はハードカバーの背表紙を撫でた。
「巡礼を全て終えると、とんでもない魔力を持つということは説明したね」
「それで何がしたいんですか?」
「さあね。世界征服かな」
「知ってますよね、艦長は」
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