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 レーダーが見慣れた名前のを捉えた瞬間、ルガーはニノが指示したとおり、艦長室に連絡すべく内線をかけた。ウェルロッド夫妻は――普段から一緒にいるニノだからこそ分かることだが――漂わせる空気は既にボルテージMAXである。

「あー、ダメだこりゃ……」

 頭を抱えるニノの存在を完全に無視し、ウェルロッド夫人は上品な動作のまま、椅子をぐるりと回してルガーの方を向いた。

「それでルガーさん、艦長はなんとおっしゃっていましたの?」

 ルガーは肩をすくめた。

「目には目を、歯には歯を。警告なしに撃たれたら、こちらも一発撃ち込んでやれと」

 それを聞いたウェルロッド氏は、いかめしい顔つきで腕を組んだ。どちらかというと犯罪者役が似合いそうな彼が、そのポーズをすると、さらに凄味が増す。

「ふむ。一発。さすが艦長」

 聞きようによっては下品な言葉に、ルガーが忍び笑いする。ニノは機器類に触れないところを狙って両手で叩いた。

「三人とも! 艦長のは、いつもの冗談でしょうが! というか悪いのは一昨日までに申請しなかった艦長なんですけどね! お願いですから、ミサイルや砲弾の無駄遣いはやめて回避してください。僕らも軍に咎められるんですよ!」

 温厚で知られるニノの必死の抗議を受けても、三人は、どこ吹く風である。夫人に至っては鼻で笑った。もちろんニノに向けてではないが。

「やり返さなければ、こちらが危険な目に遭うんですのよ。わたくし達が、あんなハリボテ機のために無駄撃ちをするとでも?」

「全くだ。ニノ、マギーに席をかわれ。大事な機体をウスノロに傷つけられるわけにはいかん」

 どうしようもない夫妻だ。こうなっては言い募るだけムダである。ニノはしぶしぶ腰を上げた。

「知りません、僕は知りませんよ」

 ウェルロッド氏は、フフンと笑うと内線をかけた。

「アレン、モニカ、打ち合わせどおりだ。手が空いている連中を集めてくれ。迎撃準備を頼む」

「あら、あなた、何を壊して差し上げるの?」

「味方艦がわからんやつにレーダーは必要ない。鼻っ柱を折ってやる」

 夫人はニヤリと笑った。それも上品に。

「ちょっと! そんなことしたら墜落します!」

「冗談だ。ミサイル迎撃に榴弾砲を使う」

 機体が標的に向けて大きく左へ旋回する。どう考えてもこれは威嚇だ。

「ああああああ! もう嫌だああああ」

「あの北のお方、最新型だとか何とか、ほざいていらっしゃいましたけれど? 装甲だけが取り柄の鈍重な箱ですわ!」

 輸送機とは思えない鮮やかさで、ゼイラギエンは華麗に旋回した。優雅といってもいい。もし地上から、その姿を見上げる者がいたなら、銀色のツバメと喩えたかもしれない。

 鉄の女アイアン・レディという異名を持つマーガレットは、その冷静さと精確さで、軍のパイロット達から尊敬を集めている。操縦士によって、こうも変わるものか。ニノはいつも、追いかける背中が遠すぎて、自分の未熟さを思い知らされる。

 ただ、彼女が今やっているのは、子どもじみた威嚇だが。

「さあ! 捕まえましたわよ、空飛ぶカメさん!」

「いつものことだ、安物ミサイルでも使ってくるだろう。マギー、できれば回避だ。ダメなら撃ち落としてやる」

「ええ、極力無駄遣いはさせませんが、準備はお願いします」

 ウェルロッド氏の前にあるモニターに、機体後部の搬入口が開きカノン砲が突き出される様子が写し出される。ミリタリーオタクのルガーは、目を輝かせながら見守っている。

「おおっ……無茶しますねえ! 間近で見られないのが残念ですよ……!」

「わくわくするな!」

 モニターが相手艦のミサイル発射の白煙を捉えた。

「そら来た!」

 機体が急上昇し、ガクンと傾く。

「ジェレミー、やはり迎撃をお願いしますわ」

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