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 砲撃を食らったわけではないようだ。前に一度、小型船と交戦したことがあるが、砲弾が命中した時は、もっと派手な衝撃と音だった。おそらくゼイラギエンの操縦士は、迎撃しつつ砲弾を避けるために急に方向転換させたのだろう。

 モニターのスピーカーからビープ音が鳴る。これは船外から通信が入った音だ。モニターに先ほどのIlya Murometsという文字が流れるのを見た艦長は、再度舌打ちしながら壁のスイッチを壊れそうなほどの勢いで叩いた。

 モニターが切り替わり、ダークグレーの軍服を一分の隙もなく着込んだ、眼光鋭い男が鮮明に映し出される。三十代前半くらいだろう。いかにも軍人らしい短く刈られた髪にいかめしい顔つきで、生粋のゲルマン人の特徴をすべて押さえた顔立ちだった。

『私の管轄に無断で侵入するのは、これで五回目だな、ホーエンシュタウフェン』

 唸るような声がスピーカーから流れた。

「お元気そうで何よりです、ヴェッティン艦長カピテーン・ヴェッティン。そうでしたっけ? ちゃんと毎回申請しているでしょう」

 艦長は低い声で冷たく答えた。

『毎回前日の定時後に送られてきているな。受理期限後だ』

「それは貴方が決めた期限ですね」

『貴様は常識というものがないのか? 遅くとも前日までだ』

「こちらにも、やむを得ない事情があるんです。それにしたって、味方に向けて弾を無駄遣いするのは如何なものでしょう」

『ちなみに、うちは予算を超えたことが一度もない』

 艦長は苛立ったように指で執務机を叩いた。

「あまりうちの連中を刺激しないでいただきたい。特に鉄の女アイアン・レディとその亭主は獲物に飢えていますので」

『飼いならせない部下を従える貴様もどうかと思うが? それに部下を飼いならせないのは貴様の技量不足ではないのか?』

「私は貴方ほど暇ではありませんので、これで失礼します。申請通り三時間後には退却しますので」

『貴様は約束を守れた試しがないな。追加で一時間は大目に見てやる。私から逃げ切れたらの話だが』

「それはどうも、寛大なる措置をありがとうございます。ではごきげんよう。二度と顔を見せるなクソ野郎」

 最後の言葉を、拳で殴るようにして通信を切ってから吐き出すと、艦長は、いつもの指を組むポーズで額を押さえつけながら、何かブツブツ呟きながら貧乏ゆすりした。多分アルビオン語だろう。どう考えても罵声だと思われるが、彼はランスの存在をすっかり忘れているらしい。

「あのー、攻撃して大丈夫なんですか、味方を」

「大丈夫なわけあるか! だから逃げるんだ! クソ★※%$#」

 本当に聞きたかった質問をするタイミングを逃してしまった。これ以上この部屋にいる理由もないので、ランスは先ほどの解説の礼だけ言って帰ろうとした。が、艦長に呼び止められてしまった。

「ああ、ランス、悪いがその本を片付けてくれるか。今は移動するほうが危ない」

「えっ、嫌です。……や、嘘です」

 ランスは、さっさと艦長室を出なかったことを激しく後悔したが、もう遅い。赤い絨毯を埋め尽くすかのように散らばるハードカバーの本は、ページが折れたり、角が凹んで無残に傷んでいるものもある。ランスはこっそりため息をつきながら手近にあった本を拾い上げた。しかし、手をつけようにも並べる順番がわからない。

「作者のアルファベット順でいいですよね」

「違う。でも後で直すから適当でいい。並べたら耐震バーを下ろしてくれ」

 まだ貧乏ゆすりをしながら、艦長はまるで別人のように、恐ろしく機嫌が悪い声で答えた。そういえば今朝、食堂でコソコソと話すブレンとアーノルドを見かけた。確か、「昼頃の予定だ」「よし、退避トンズラするぞ」とか何とか言っていたような気もする。つまり自分は貧乏クジを引いてしまったというわけだ。ランスは肩を落としながら小さく呟いた。

「オトナってめんどくせえ。今日の運勢は凶に違いねえ」

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