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 ランスは昼食後、自室に向かう途中で艦長室の前を通り過ぎた。昼休憩中なのか扉が開いていて、本を読んでいる艦長の姿がちらりと見えた。

 昨日の今日で艦長に話しかける気にはなれなかった。さっきはふざけて真似をして笑っていたが、それはレベッカに何か勘付かれないための誤魔化しだった。結局バレてしまったが。

 本当は、艦長に直接問いただしたいことがあった。学園の体育館の用具室でブレンから聞いた話が気になっていたのだ。鮫はゾンビのようなもので殺すことができないというのは、どういうことなのか。それは『記憶の番人』であることと関係があるのか? では父も鮫と同じだったのか? ならば、なぜ鮫の手にかかって死んだのか。

 おそらくそれが、艦長がランスに明かすかどうか迷っている秘密なのだ。艦長とブレンの話から導き出せる仮定は、こうだ――記憶の番人は老衰で死ぬけれども、他者の手では殺せない。が、例外がある。番人同士なら殺せる――そういうことではないか?

 ランスは意を決して艦長室に一歩足を踏み入れた。

「あのー、今って質問してもいいタイムですか?」

 艦長は本から目を上げた。

「いいよ」

 お昼だからか、室内にはアーノルドもブレンもいなかった。ランスは試しに、先ほど分からなかった数学の問題について聞いてみることにした。いきなり本題に入っても、艦長は絶対に答えてくれない。うまいこと話の流れで答えさせるほうがいい。ちょうど、宿題の紙は四つ折りにしてポケットに突っ込んだままにしていて、誰かを捕まえて聞こうと思っていた。

 ランスが問題用紙を差し出すと、艦長はそれを三秒ほど見つめてからペンを取った。そして机の上にあった裏紙にグルグルと文字を書きつけてランスに手渡した。

「げっ……」

 裏紙には、解答ではなく解答の手順がびっしりと書かれていた。あの短時間で書ける文字量ではない。

「まだ分からないところがあったら、アレンに聞いてくれ」

 それだけ言うと、艦長は執務机上の電話に掛かってきた内線を取った。さすがに二ヶ月も経つと、内線の時はプップッという軽い音だということがランスにも分かるようになっていた。どうやら操舵室と連絡を取っていたらしい艦長は、受話器を置くとモニターをレーダーに切り替え、腕を組んで画面を睨みつけた。

「来たか」

「何が来たんですか?」

 モニターの中心には自機を示す黄色の点があり、すぐ隣にSeylagienゼイラギエンという文字が表示されている。その少し左上には緑の丸が点滅していて、隣には同じく文字が表示されていた。ランスは目を細めた。Ilya Murometsイルヤ・ムロメッツと読める。

「味方ですよね?」

「そうだ」

 味方は緑、敵艦は赤で表示されることくらいはランスも知っている。艦長は壁に手を伸ばし、艦内放送のスイッチを入れた。

「艦長室です。全員、今すぐ衝撃に備えてください」

 それから彼はランスに、本棚から離れろと言った。ランスはソファの背後にある天井まで届く本棚のほうを振り返ろうとしたが、その前にもう一度モニターが目に入った。

 画面上のゼイラギエンの黄色の点は、緑色の明滅する点に近付いていく。そして東西にジグザグと引かれた細い線――おそらく州の境界線だろう――を越えるところだった。

 瞬間、立っていられないほど船が大きく揺れ、外で爆発音が聞こえた。

「うぎゃっ!」

『きゃっ!』

 派手な物音とともに、シロタエがキャビネットの中で叫ぶ声が聞こえた。

 背後の本棚からバラバラと本が落ちてくる。かろうじて被害を免れたランスだったが、床には埋もれそうなくらいに大量の本が散らばっていた。艦長は執務机の上に積まれていた書類の山を押さえながら、忌々しげに舌打ちした。

「あっぶないなあ!」

「何なんですか、これ!」

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