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千年前、浄化により至福千年期がはじまって以降。記憶を次世代に引き継ぎ、世界の秩序を保つ役目を神から与えられた、『記憶の番人』と呼ばれる存在が現れた。その出現理由は神の救済や魔法の出現と同様、科学的な説明はできていない。その存在は、全部で十二人いる番人たちと、その周囲だけの秘密である。
ランスの父グレンは、その番人のひとりであったという。番人の記憶は、その死に際し、最も
ランスは、艦長もまた記憶の番人なのかと尋ねた。彼は首を横に振った。それならなぜ父を知っているのかとランスが
「僕も君と同じ継承者なんだ。それで、たまにやる会議みたいなものに出席しないといけなかった。そこでグレンに会ったんだ」
誰の記憶を継ぐことになっているは、まだ教えられないと艦長は付け足した。
「番人って、ほかに誰がいるんですか?」
艦長は目を伏せた。
「鮫もそうだ。それから、皇帝陛下。クリステヴァの女王。あのバーの店主さんもね」
「えっ」
しかし、死に際して継承者がそばにいなかった場合、記憶は番人が最も大切にしていたモノに宿り、それを手にした継承者に引き継がれる日を待つという。
ランスが記憶を継いでいないと答えると、艦長はなにか心当たりのある遺品はないかと問うた。が、父の所有物は田舎に引き取られる際、すぐに処分してしまった。生活資金がなかったから売り飛ばしてしまったのだ。残っているものといえば白桜刀だけだ。艦長は暗い顔になった。
「聞いておきながらだが、君に会った時からそのことは分かっていた。僕の顔を見ても何も言わなかったし、身につけていたものも限られていたからね。本当はもっと早くにこの話をすべきだったが、君が受け入れられるか分からなくてね……すまない。何とかしないと」
「だから故郷を調べてくれたんですね。もし紛失してたとしたら、どうなるんですか?」
「うーん、こういうケースは、あまりないらしいからな……グレンが死んだあと、すぐに番人の誰かが君のところを訪ねるはずだった。が、それができなかったんだ」
「鮫のせいですか」
艦長は頷いた。
「お祖父様に直接この話をすることができなかった。村に君の身の安全を確保するための人員を置くことは、かろうじてできた。が、この話ができる身近な人間にコンタクトがとれないよう手を回されていた。……つまり、遺品はあちらに渡っている可能性が高い」
ランスは床に目を落とした。
「なんでそこまで? 親父は何かまずいことを知ってしまったんですか? それで殺されたんですよね?」
「亡くなった理由を知っていると言ったが、本当はまだ調べているところなんだよ」
「艦長。それ、ウソですね」
ランスは、すかさずそう答えた。彼は少しだけ目を開いてランスを見つめた。それから、わずかに口元に笑みを浮かべた。
「ごめん。君ならきっと、自分で答えにたどり着く。先に言ってしまうほうがいいのか、よくないのか、僕は分からなくて決めかねてる」
「聞いたら、俺が……闇に堕ちるとでも言いたいんですか? 俺は強いって言ったくせに?」
優柔不断な人を見ると、ランスは少なからず苛立ってしまう。だからといって攻め立てても仕方ないと、分かっているのだが。
「君は強いよ。けど、人が道を踏み外す理由は弱さだけじゃないから」
「言ってることが分からないです」
「たとえば、僕はある女性のことをずっと好きでいる。はじめは僕が弱かったから好きになった。が、今もずっとそうなのは、また別の理由。自分で選んでそうしてるんだ」
彼はソファから立ち上がった。
「人がなにかを選択する理由はひとつじゃないし、変わることだってある。僕は、君にそのまま、強いままでいてほしい。でもたぶん、それは不可能だ」
ランスはカップを強く握りしめたまま艦長を見上げた。彼は話を切り上げようとしている。それでは困る。
「だったら、真実を教えてください。どうするか決めるのは俺だ」
「ごめん。教えるかどうか決めるのは僕だ」
謝罪して自分を認めさせようとするのは、おそらく艦長の処世術で、かつ悪い癖だ。態度や口調、言葉の端々から、彼がそれ以上話を続ける意思がないことは分かっている。だからランスは諦めた。
「わかりました。自分でたどり着きます。その時、答え合わせさせてください」
「うん、そうしよう。君はとても物分かりがいい。大人だね」
いつもどおりの微笑みを浮かべ、艦長は執務机の上の缶からチョコレートをいくつかランスに手渡してくれた。
「君が子どもだからあげてるんじゃない。君には必要そうだからだ。この話は秘密だよ。アストラとブレン、アーノルド以外には」
「わかりました。ありがとうございます」
ランスはそれを受け取ると、頭を下げて艦長室をあとにしたのだった。
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