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 翌日の午後三時、ゼイラギエンは予定通りメイの故郷の近くにある飛行場に着陸した。そこから鉄道で一駅と徒歩で十五分ほどで目的地に着くらしい。駅から一歩外に出ると、空からは雪が舞い降りていて、雪をかぶった街全体は白かった。

「なんでメイさんは来たくなかったのか、アウグスタさんは知ってる?」

 ランスは前を歩いているアウグスタに訊いた。普段の白衣ではなく軍服姿を見るのは新鮮だったが、彼女はそれを違和感なく着こなしている上、ライフルを背負っていると妙にさまになる。ランスの隣を歩くレベッカは訊かないほうがいいという顔をしつつ、興味はあるらしい。アウグスタは女性にしては随分と低い声で返答した。

「君たちは、もしかすると知らないかもしれませんが、私とメイはきょうだいなんです」

 アウグスタは性同一性障害という、身体は男性だが心は女性であるという障害を持っている、ということをランスは今日初めて知った。自己紹介のために口を開いた彼女の前で、ランスが目を点にしてしまったので、女装ではないと説明してくれたのだ。その反応には慣れきっているのか、彼女は特段気にした風もなく、定型文を繰り返すようにして自分のことを説明した。

 実際はあまり気分がいいものではないと思うが、彼女はそれを全く感じさせない淡々とした口調で、「まあ、男か女かなんてのは、どうでもいいことです」と言った。

 メイとアウグスタがきょうだいであるということをランスは全く知らなかったので、アウグスタの言葉を聞いて驚いた。アジア系のメイとスラヴ系と思われるアウグスタには、元が黒髪というところ以外に目に見える共通点はない。レベッカは知っていたらしく、ランスも既に知っているものと思っていたと口にした。


 アウグスタは道すがら、あまり聞いていて楽しい話ではありませんがと前置きしてから、メイが家に帰りたがらない理由を説明した。

 二人は父親が同じだが母親が違う。父親が外で作った子がアウグスタで、アウグスタが八つの時に母親が死ぬと、父親は何食わぬ顔でアウグスタを家に連れ帰り、メイの母に育てさせた。はじめメイはアウグスタに口を開こうとはしなかった。それは当然だろう、とアウグスタは言った。顔も知らない浮気相手の子どもを、いきなり今日からお前の弟だと言われたところで、認められるはずがない。

 それでも二人は徐々に仲良くなっていった。性格が真逆だったのが良かったのかもしれない。父を咎めようとしない母を信用できなくなったメイと、生まれてくることを望まれなかった自分の存在を呪うアウグスタは、互いだけを信用することができたのだった。

 成長するにつれ、アウグスタは自分が障害を持っているのではないかと悩むようになった。メイと母親は理解してくれたが、父親は頑として認めようとしなかった。いや、できなかったのかもしれない、頭の古い人ですから、とアウグスタは付け足した。帝都の医大に合格したのを機に、アウグスタは家を出ることに決めた。黙って出て行こうとするアウグスタに、メイは当然のような顔でついてきた。そうして二人は母親からひそかに支援を受けつつ、それぞれ医大と料理専門学校を卒業した。それから揃って軍に入った。

 そのことを母づてに聞いた父親は、そんな危ない仕事をするなと怒り、戻る気がないのなら勘当すると宣告した。二人は、やりたければやればいいと答えた。

「父は勝手なんです。自分が世界の中心なんです。自分はお前たちを愛しているのに、なぜそれに応えようとしないのかと声高に叫んでいる。でも、その実自分のことしか考えていないんです。愛とは所有でないと、分かってるんでしょうかね」

 ランスは何も言うことができず、黙って聞いていた。自分は一人っ子で、両親は特別仲が良かったわけでもないが、特に問題などはない普通の家庭だったと思う。レベッカは雪に残ったアウグスタの、やや大きい足跡を見つめたまま、「そうなんですか……」と答えた。

 アウグスタは相変わらず淡々とした口調で眼鏡を押し上げながら、

「ま、こればかりは一緒に暮らしていないと分からないでしょうね。暗い話ですみませんでした」

と言い、この話はこれで終わり、と再び黙って歩き出した。


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