7(12)
ツーツーと音が漏れ聞こえる受話器を、ニノは握りつぶしそうな勢いで掴んだ。可哀想な受話器はメキメキと悲鳴を上げた。ニノは大きく深呼吸すると、それを元の位置に戻した。
「後で話がある? 今言えばいいだろ。とりあえず謝ればいいってもんじゃないんだ! クソが!!」
ルガーは冷静さを失った先輩を、相変わらずのローテンションで慰めた。
「どうどう。キャラ崩壊、本日二度目ですよセンパイ。あれです、どうしようもない事情があるんでしょ。まだデシジョン・ハイトには達していません。着陸をキャンセルします」
機体は再度、上昇準備に入った。ニノはまだ怒りが収まらないのか、ぼやき続けている。
「こんなのが何回もあってたまるか! あの人は、いつもああだ!」
ランスは隣のマーガレットに視線を送ったが、彼女は黙っているようにと言いたげに首を横に振った。ルガーは冷静な声で続けた。
「センパイ、そんなこと分かった上でついていってるんでしょ。いつも言われてるじゃないですか。来る者拒まず、去る者追わず」
「……ほかにマシな人がいないってだけだよ」
「そんなもんですよ。俺の前の上司よりはだいぶマシです。デキる人でしたけど、特定の部下への
「ああ、でもこっちの都合を一切考えない」
「それはほら、下働き経験がないし生まれも違いますから。生まれたときから人を使うことに慣れてる王国貴族ですよ? 掃除も料理も洗濯もやったことがない。食うに困ったことがない人に、使われる側のことなんて分かるわけがない。黙って従っとけば、お給料は安泰なんですから」
ニノは口を噤んだ。これ以上は言うべきではないと思ったのだろうか。ランスは、つい口を挟んでしまった。
「そうかもしれないけど、なんか……なんか、違うと思う」
「ん?」
ルガーが軽く後ろを振り返った。なぜ艦長を擁護したいのか、ランスは自分でもよく分からなかった。が、身分のことを言われるのは、何となく嫌だと思ったのだ。自分は元老院議員の家出身で、一般市民よりはいい暮らしを送っていたからかもしれないが。
ルガーは普段からよく話している相手だが、感情的になるといけないと思い、慎重に言葉を選んだ。
「艦長は亡命するときに政府の助けを借りてるはずだけど、それでも辛い目に遭ってると思う。睡眠薬を飲んでるっぽいし、いつも顔色が良くないじゃん。それでも、来たからには上の地位に就こうとしてる気がする。それでみんなに無茶を言うし、自分も残業ばっかりしてるんだ。だからその……身分の問題じゃないと思う」
ルガーは、軽くため息をついた。
「ああ、悪い、ランス。そのとおりだ。分かってるつもりだが、俺には想像できないんだよ。うちは食っていくのがやっとの家でさ、餓死しかけたことがなさそうな人のことが、正直羨ましい。嫉妬だな。それに普段から不法入国者の相手をしてるみんなと違って、地上の苦労をよく知らない。ごめん」
「謝らないでくれよ。艦長が人使い荒いのは事実だし、俺もさっきは腹立ててたし」
黙っていたニノが口を開いた。
「よく見てるなあ、ランスは。嫌なもの聞かせちゃったね、気にしないでくれ」
ランスが頷くと、ニノはいつも通りの表情に戻った。ルガーは肩をすくめた。
「反省反省。しっかし、あの人、アル中でしょ。ほぼほぼ女のせいなんで、どうでもいいですけど。あれは早死にしますよ。今のうちに乗り換えます? 北部のほうに」
「おい、滅多なこと言うなよ。あっちはあっちで暑苦しいから嫌だ」
「ですよね~ロクなのがいない。いや、南部の陸軍の局長ならいいな。イケメン女子」
「ああ、かっこいいよね。パイロットは雇ってくれないけど」
「あそこの事務系の女子はいいらしいですよ。今度合コンやってもらおうかなあ。センパイ、来るでしょ?」
「うーん」
それまでずっと黙って聞いていたマーガレットが口を挟んだ。
「お二人とも、手が止まっていますわよ。早く高度を戻して」
「あ、すみません!」
二人は慌てて姿勢を正した。
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