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 ツーツーと音が漏れ聞こえる受話器を、ニノは握りつぶしそうな勢いで掴んだ。可哀想な受話器はメキメキと悲鳴を上げた。ニノは大きく深呼吸すると、それを元の位置に戻した。

「後で話がある? 今言えばいいだろ。とりあえず謝ればいいってもんじゃないんだ! クソが!!」

 ルガーは冷静さを失った先輩を、相変わらずのローテンションで慰めた。

「どうどう。キャラ崩壊、本日二度目ですよセンパイ。あれです、どうしようもない事情があるんでしょ。まだデシジョン・ハイトには達していません。着陸をキャンセルします」

 機体は再度、上昇準備に入った。ニノはまだ怒りが収まらないのか、ぼやき続けている。

「こんなのが何回もあってたまるか! あの人は、いつもああだ!」

 ランスは隣のマーガレットに視線を送ったが、彼女は黙っているようにと言いたげに首を横に振った。ルガーは冷静な声で続けた。

「センパイ、そんなこと分かった上でついていってるんでしょ。いつも言われてるじゃないですか。来る者拒まず、去る者追わず」

「……ほかにマシな人がいないってだけだよ」

「そんなもんですよ。俺の前の上司よりはだいぶマシです。デキる人でしたけど、特定の部下への贔屓ひいきが酷いうえに人種差別主義。ウンザリでしたよ。艦長は逆でしょ」

「ああ、でもこっちの都合を一切考えない」

「それはほら、下働き経験がないし生まれも違いますから。生まれたときから人を使うことに慣れてる王国貴族ですよ? 掃除も料理も洗濯もやったことがない。食うに困ったことがない人に、使われる側のことなんて分かるわけがない。黙って従っとけば、お給料は安泰なんですから」

 ニノは口を噤んだ。これ以上は言うべきではないと思ったのだろうか。ランスは、つい口を挟んでしまった。

「そうかもしれないけど、なんか……なんか、違うと思う」

「ん?」

 ルガーが軽く後ろを振り返った。なぜ艦長を擁護したいのか、ランスは自分でもよく分からなかった。が、身分のことを言われるのは、何となく嫌だと思ったのだ。自分は元老院議員の家出身で、一般市民よりはいい暮らしを送っていたからかもしれないが。

 ルガーは普段からよく話している相手だが、感情的になるといけないと思い、慎重に言葉を選んだ。

「艦長は亡命するときに政府の助けを借りてるはずだけど、それでも辛い目に遭ってると思う。睡眠薬を飲んでるっぽいし、いつも顔色が良くないじゃん。それでも、来たからには上の地位に就こうとしてる気がする。それでみんなに無茶を言うし、自分も残業ばっかりしてるんだ。だからその……身分の問題じゃないと思う」

 ルガーは、軽くため息をついた。

「ああ、悪い、ランス。そのとおりだ。分かってるつもりだが、俺には想像できないんだよ。うちは食っていくのがやっとの家でさ、餓死しかけたことがなさそうな人のことが、正直羨ましい。嫉妬だな。それに普段から不法入国者の相手をしてるみんなと違って、地上の苦労をよく知らない。ごめん」

「謝らないでくれよ。艦長が人使い荒いのは事実だし、俺もさっきは腹立ててたし」

 黙っていたニノが口を開いた。

「よく見てるなあ、ランスは。嫌なもの聞かせちゃったね、気にしないでくれ」

 ランスが頷くと、ニノはいつも通りの表情に戻った。ルガーは肩をすくめた。

「反省反省。しっかし、あの人、アル中でしょ。ほぼほぼ女のせいなんで、どうでもいいですけど。あれは早死にしますよ。今のうちに乗り換えます? 北部のほうに」

「おい、滅多なこと言うなよ。あっちはあっちで暑苦しいから嫌だ」

「ですよね~ロクなのがいない。いや、南部の陸軍の局長ならいいな。イケメン女子」

「ああ、かっこいいよね。パイロットは雇ってくれないけど」

「あそこの事務系の女子はいいらしいですよ。今度合コンやってもらおうかなあ。センパイ、来るでしょ?」

「うーん」

 それまでずっと黙って聞いていたマーガレットが口を挟んだ。

「お二人とも、手が止まっていますわよ。早く高度を戻して」

「あ、すみません!」

 二人は慌てて姿勢を正した。

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