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 機体が安定したところで、艦長室から再度連絡が入った。ニノは深呼吸してから受話器を取った。

「はい、こちら操舵室ニノです」

『ニノ、先程はすまなかった。北部機から緊急支援要請が入った。空中給油の依頼だ。やり取りで少し手間取っていた』

 ニノは首を捻った。ゼイラギエンには味方機に給油する設備がある。しかし、飛行場まで遠くないというのに、ここで燃料不足とは。確かにレーダーに映る青いポイントは、こちらに接近しつつある。

「なぜ、うちの船に? こちらも燃料の残りが半分を切っています。だいたい、ここからなら北部の飛行場もそれほど遠くないでしょう。よほど緊急だということですか?」

『らしいね』

 艦長は淡々と答えた。

 軍の規定では、たとえ管轄外であっても、緊急要請への支援が義務付けられている。もちろん、受ける側が重要な任務中でない場合に限るが。

「まあ、飛行場へ帰る分くらいなら……」

 艦長はニノの返答を遮った。

『君は人がいいな。回りくどい言い方は、よそう。相手は、たぶん北部の所属機を装っているか、もしくは乗っ取った何者かだ』

「……ああ。やはり、ですか」

 考えたくなくて排除していた可能性を指摘され、ニノは唇を噛んだ。

『こちらが見抜くことも計算済みだろう。つまり宣戦布告だよ。おそらく鮫だ』

「ハイジャックですか」

『北部にSOSが来ていないか軽く探りを入れたが、特にないらしい。連絡を入れていないのは、おかしい。もしも人質がいた場合、こちらは確証がとれるまで味方機に対して攻撃できないな。管轄外だと丸投げして逃げてもいいが』

「どうすれば……」

『さて、どうしようかな。もし違ったら、支援要請を断ったって、おかみがカンカンになるし』

 艦長は他人事ひとごとのように続けた。

『二択だ。要請に応じるふりをして近づいて、敵なら可能な限り交渉する。もしくは、不審な要請を出した敵機と見做して撃ち落とす。北部にはまだ詳細を話していないから、僕なら後者を取る。後手に回れば不利だ』

「……待ってください。北部にちゃんと支援要請すべきです。規定違反ですよ。確証がない上に人質がいるかもしれないのに撃ち落とす? 冗談ですよね」

『もちろん冗談だ。鮫ならヴェッティンあのバカに渡したくないからね』

「答えが決まってるなら、最初から僕に聞かないでくださいよ!」

 ニノの苛立ちを察したのか、艦長は受話器の向こうで笑った。

『そうだよ。選択肢なんか無い』

 手が震えた。明らかに不利な戦いに赴くというのに、全乗組員の命を、この手に預けると艦長は言っているのだ。

『交渉は頑張るけど、交戦になるかもしれない。やってくれる? マギーじゃなくて君にお願いしたいんだが』

 ニノは長い長い溜め息をついた。それから、息を大きく吸い込むと、受話器に向かって叫んだ。

「やってやりますよ‼ この際ですから、いや、万一このまま死ぬといけませんので言っておきます。艦長、あなたは本当に回りくどい! 卑怯な手で人を従わせる! 機嫌の波が激しい! 頭の悪い人間を馬鹿にしてる! 僕は、あなたのことが大嫌いです‼」

 艦長は、再度笑った。

『それを言われるの、二回目だね。じゃ、操縦は君に任せた。君を信頼してる』

「人質がいた場合、何とかしてくださらなかったら、許しません」

『わかってる。とりあえず落ち着いてくれよ。操縦士が冷静沈着でないと、不安で仕方ないじゃないか』

「誰のせいだ。ご心配なく!」

 ニノは勢いよく通信を切った。操舵室メンバーの不安げな顔を見て、ニノは謝った。

 分かっている。艦長は、臆病な自分が尻込みしないように発破をかけているのだ。

 肺の中の空気を全て吐き出す。それから吸い込む。操舵室から見える空は、これから来る戦いのことなど知らぬげに、ひたすら青い。雲の上の空は、いつだって青い。かつて空に憧れた本当の理由は、笑顔で繕ってばかりで息が詰まりそうな地上から、抜け出したかったからかもしれなかった。

 鳥の目線の高さから見下ろせば、どんな悩みごともバカバカしく思える――パイロットとして戦死したニノの兄は、そう言って笑ったのだった。

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