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怖がり。慎重すぎる。優柔不断。ニノは子どもの頃からずっと、そう周りから言われてきた。いつも五歳上の兄の陰に隠れていて、後をついてまわっていた。
そんな気弱な性格だったけれども、パイロットになることは幼い頃からの夢だった。自由に軽やかに空を舞う飛空艇を見上げては後を追って、あの高さから空と大地を見てみたいと思っていた。兄とは、よくパイロットごっこをして遊んだものだ。
そして、本当にパイロットとなった憧れの兄の背を追う形で、ニノも養成学校に入った。兄と共通の話ができることがとても嬉しかった。
しかし、軍に入った兄は数年後、国境で起きた紛争に出兵し、そのまま帰らぬ人となった。両親も妹も、ニノには帰ってきて家業を継いでほしいと言った。せめて軍ではなく、他の場所で仕事をしてほしいと。
もともとニノは、帝国内外を結ぶ短距離飛空艇のパイロットになろうと思っていた。が、兄が軍に入った理由を聞いて考えを変えたのだった。
『平和は、何もしないで得られるものじゃない。当たり前のものじゃないんだ。戦争状態でないことが平和だと考えたほうがいい。その維持のために軍事力は必要なんだ。力の使い方を間違えない人間のもとについて、平和を守る人間が必要なんだよ』
帝国は、乏しい資源を補うために、何百年間も侵略拡大を続けてきた。現皇帝フリードリヒ二世の治世になってからは侵略よりも国力増強に注力する傾向にあるが、そのことに不満を持つ勢力が水面下で着々と力をつけている。その一派に属すとみられる軍の総統は次期皇帝となる可能性が高いとみられている。彼は直系の皇族出身で、現皇帝には世継ぎがいないためだ。
ニノが兄から聞いた話では、帝国政府は軍と議会に対抗するため、傍系の皇族をひそかに集めているらしい。直系の皇族のほぼ全てに、極右派に傾きつつある軍または議会の息がかかっていることを、懸念してのことだろう。
兄は言っていた――正直なところ、考えたくない話が浮かぶのだ、政府は、軍と議会の動向によっては直系の皇族をすべて排除することも厭わないだろう、と。そうすれば軍と議会も黙ってはいない。近いうちに内政が乱れる可能性は高く、どちらの側についても安全とはいえない。争い事が嫌いなお前は軍なんかやめておけ、と兄は言った。
ニノは首を横に振った。兄さんは言ったじゃないか。平和を守る人間が必要だと。喧嘩を吹っかけられても、ただ笑って殴られてるだけの僕に、せめて舐められないくらいには、やり返してやれと散々言っていたくせに。
兄は目を丸くして、ああ、お前って結構ガンコだったな、と笑った。そして、皇帝が存命のうちは、中道派についておくほうが無難だからと、南部国境支部局への就職を勧めた。ちょっと変わった出自の傍系の皇族がトップで、ニノの性格には合うだろうと言って。兄に全幅の信頼を置いていたニノは、素直にそれに従った。今は、それで正解だったと思っている。
南部国境支部局で働きはじめて間もない頃、ニノは艦長のやり方を理解できなかった。彼は戦争や人殺しをひどく嫌っていながら、上から指示された汚れ仕事をこなすことを厭わないからだ。どう考えても他部局の尻拭いの仕事も、中央からの嫌がらせとすら思える雑用も――あまり知る人はいないが、手ずから人を殺めることもだ。
だからニノは、なぜ信念を曲げるのかと艦長に楯突いた。すると彼は、いつものポーカーフェイスで一言、仕事だからと冷たく答えた。頭に血がのぼり、拳で執務机を叩きつけたニノを、無感情な瞳で見上げながら、艦長は続けた。
『いま僕の言うことを聞く人間は軍にはいない。王国出身の、ぽっと出の若造の、傍系の皇族の言うことなんか、ね。人に話を聞いてもらう方法は二つある。一つは権力。多数派になることだ。そのために君のような同志を集めている。もう一つは、実力。数字や実績がなければ上層部や国民は納得しない。正しいことを叫んでいても、口だけでは誰も耳を貸さない。だから、今は軍の規則や上の指示に従う。ご機嫌伺いもする。正当性がある場合は人命も奪う。今はね』
ニノは黙って続きを促した。
『僕がこの支部局のトップについてから、鎮圧した暴動や事件数の統計を、三年後に見てみるといい。僕はこの国の誰よりも勉強して実践しているつもりだ……できるだけ人を殺すことなく領地を治める方法を。一人を救えない人間は多数を救えないというのは事実だが、そんなのはフィクションの世界だけの綺麗事だ。理想を叶えられなかった人間を慰めるための甘い夢だよ』
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