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その言葉のせいで、船員二人の反応が遅れた。アズサの姿をした人型ロボットは入ってきた体勢のまま、突き出した腕から銃弾を放った。ほぼ同時にブレンのライフルが咆哮を上げ、頭部を撃ち抜かれた人形は停止する。ランスの前に立ちはだかっていたブレンの足元に血が滴り落ちた。
「ブレンさん!」
「大丈夫だ。レベッカ、先に連絡を入れろ」
「はい。こちら食堂レベッカーー」
ブレンは振り向かずにランスに聞いた。
「おい、アズサってのはお前の同居人だっけか」
「そうだけど、アズサはもう死んだんだ。ブレンさん、怪我は」
「かすり傷だ。今後も似たような姑息な手段を使われるかもしれん。惑わされるなよ」
赤く染まった彼の腕を見たレベッカが、慌てて腰のポーチから救急セットを取り出した。
「応急処置します」
「自分でやる。それより警戒しろ」
室内スピーカーと二人の無線に同時に音声が入った。
『艦長です。偵察機を破壊し、艦内の巡回が完了しました。厳戒態勢を解除しますが、引き続きなるべく二人以上で行動してください。モニカとニノは食堂へ。データチップはこちらから回収しに行きます』
素早く扉がノックされ、戻ってきたモニカがブレンを慌てて救護室に連れて行った。ニノはレベッカとランスの肩を叩いた。
「お疲れさま、よくやった」
「あ、俺は何もしてないんで……」
「いや、間近で見ると足がすくむよ。ブレンが撃たれることなんて滅多にないし」
ランスは気が抜けてため息をついた。たとえ帯刀していても、銃相手にできることはほとんどない。一人で必死で逃げ回っていた時と同じだ。あのとき、追っ手から逃げ続けられたのは運が良かったとしか言いようがない。
ほどなく艦長とアーノルドが入ってきて、一通り労いの言葉をかけると、モニカから親指の爪より少し大きいくらいの薄い板を受け取った。レベッカがランスの肘をつついた。
「ランス、あの人型ロボットのこと、艦長に言っておきましょう」
ランスから説明を聞いた艦長は、潰れた機械人形を見下ろし、眉を顰めて思案した。
「嫌な目にあわせたね。定時巡回で見つけられなかったものがこれほど居たとは。さて、この騒ぎのお土産は一体なんだろう」
ランスは艦長室のソファに座らされた。室内には艦長とブレンがいて、アーノルドはモニカの作業室で機械人形について調べているところらしい。
「このチップの解析結果だけど、メッセージがひとつ入っていた」
艦長は詩の一節と思われる文章を読み上げた。
主よ 願わくは 我が
彼らの口には誠なく その腹の内は
主よ 願わくは 彼らを
彼らは汝に背きたればなり
「それは……聖書の一節か何かですか?」
「そうだね。恨み節の詩篇だ」
ランスは敬虔な教徒ではないので、いまいちピンと来なかった。アズサに連れられて村の教会には行っていたが、真面目に聞いていたことはほとんどない。ブレンは鼻を鳴らした。
「要するに、悪いのはてめーらだから纏めてぶっ潰すってことか。ご丁寧なこった」
「そう言うと身も蓋もないが、そういうことだ。暇な奴だ」
口調の割に艦長の目は冷たかった。彼は時折、ほんの一瞬だけ、底冷えするような憎悪を孕んだ表情を見せる。その度にランスは、普段の呑気な顔と、どちらが本性なのかと思ってしまう。
「しかし、ランスには気をつけてもらわないといけないな。しばらくは一人で船内をほっつき歩かないように」
「分かりました」
それからランスは、包帯を腕に巻いたブレンに謝った。船医がきちんと手当てしてくれたようだが、血が少し滲み出ていた。
「何でお前が謝んだよ」
「俺がアズサって言ったから」
「それはお前のせいじゃねえだろ。俺は近距離戦は得意じゃない。だから俺を派遣した艦長の判断ミスだ。でも艦長の護衛は俺よりアーノルドの方がいいから、結論を言うと、ミスじゃねえ。つまり仕方ねえ」
どうも気を遣わせているようにしか思えない。近距離が苦手で艦長のガードをするはずがないし、弾は全て無駄なく機械犬に命中していた。艦長は真面目な顔のまま、「いや、仕方なくはない。君の頭の中が彼女のことで一杯だったせいだ」と言い、ブレンを怒らせた。
「彼女?」
ランスが聞くと、艦長は「今日はいじらないほうがいいよ」といつもの顔で笑って、今後のスケジュール表をランスに渡した。
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