4(8)
メイは玄関を出てからもまだ悪態をついていた。アウグスタは雪を踏みしめて足を止めた。
「メイ、私のせいで不幸にしてごめん」
メイは首を捻ると、猛獣のような勢いでアウグスタの言葉に噛みついた。
「謝ってんじゃないよ! 生まれてきてごめんなんて、そういうのは小説の登場人物がやるもんだ!」
アウグスタは首を横に振った。
「メイ、もう私を守らなくていい。好きにしてくれたらいいんだ。自分の幸せを追い求めてくれたらいい」
それを聞いたメイは、急に真顔に戻った。
「何言ってるのか、ちょっとよく分からないな」
そして、早口でまくしたてた。
「私の職場は私が自分で選んだ。あのヘッポコ艦長が毎日飽きずに食べられるサンドイッチを作るのも、好き嫌いばっかのブレンの栄養バランスを考えるのも、タバコは吸うくせに健康志向でうるさいアストラの要望を叶えられるのも、予算内で食い盛りの腹をいっぱいにするのも、ほっときゃ肉ばっかり食べるあんたの食生活を正すのも、私しかいない。異論、あんの?」
「悪かった。いま言ったことは全部忘れて」
二人は塀の陰で待っているランスとレベッカのもとにたどり着く。
「本当に消しちゃっていいんだよな?」
ランスの言葉にメイが頷く。
「私たちが覚えてたら、それでいいよ」
「私はメイより画才があるから、いつか絵に描くかもね」
「あんたの絵は気持ち悪い解剖図ばっかじゃんか」
「うるさいな。シャレオツを狙ったつもりがグチャグチャな君の絵よりマシだ……ちょっとメイ、頭を下げて」
アウグスタは
「ごめんベッキー、外しました」
既にレベッカは応戦体制に入っていて、銃撃戦を始めていた。
「ランス君、ぼーっとしてないで仕事をしてください」
ランスは慌てて巡礼像に駆け寄った。
アウグスタは、視界の端で思い出の石像が雪に混じって溶けていくのを見ていた。あの像は貿易商人だと父が言っていたような気がする。あの昔話とは、ちっともそぐわない。それでも、少しも感傷的な気分にならなかったと言えば、嘘になる。
レベッカはどうやら苦戦しているようだった。敵数は銃撃音からいって、おそらく三人。彼女の愛銃は射速があるが、射程が短い。小型のライフルも背負っているが、戦闘に慣れた敵相手では、不利になるだろう。アウグスタはメイにこの場に留まるようにと言うと、援護すべく足を踏み出す。が、像があった方と反対側の視界の端を動く人影が目に入った。
「父さん! 出てくるな!」
「なぜ市警軍を呼ばない!」
「それは私たちが軍人だからだよ、父さん。帝国空軍軍医少尉、アウグスタ・ドラグノワが命じます。今すぐ屋内に退避してください。従わない場合は命の保証ができません」
彼は拳銃を握りしめていたが、そんな民間用のものでは威力も射程も足りない上、素人が使えば逆に危険だ。
「メイ、父さんを地下室に押し込んできてくれ」
メイは苦虫を噛み潰したような顔で、父の方に走る。
それを確認したアウグスタは、すっと腹が冷えるような何かを感じて振り返った。視界の端で一瞬、何かが陽光を反射したような気がしたのだ。
あらぬ方向から発砲音が響いた。その銃弾は一瞬前までメイが立っていた地面を穿った。
「メイ!」
アウグスタはメイに飛びかかろうとした。だが、その前に父がメイを突き飛ばしていた。
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