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 全てがスローモーションに見えた。

 父がゆっくりと雪の上に倒れるのを、アウグスタは見た。真っ白な雪が朱に染まるのも。

 すぐ背後で耳をつんざくような発砲音、そして反響音がした。おそらくレベッカがライフルを使ったのだろう。それきり、銃撃の音は止み、辺りは嘘のように静かになった。その静寂をメイの金切り声が破った。

「何……何やってるんだよ!」

 父は大腿骨の辺りを撃たれていた。出血の量からいって大動脈からは逸れているようだが、意識がない。おそらく激痛とショックのせいだ。

「メイ、救急車を呼んで」

 アウグスタはすぐさま包帯を取り出し止血しつつ言った。

「一秒を争う! 早く!」

 メイは弾かれたように駆けていった。

 ランスとレベッカは無言で、二人揃って唇を噛んでいた。

「何かできることはありませんか」

「門を全開にしておいてください。これは君たちのせいじゃありません。無理やり地下室に押し込まなかった私たちの責任だ」

 救急車は、思ったよりも随分早く来た。おそらく近隣の住民が市警軍に通報していたのだろう。母は泣き叫びながら、担架に乗せられた父に縋っていた。

「他に乗られる方は今すぐ乗ってください」

 救急隊員の言葉にメイとアウグスタは逡巡する。が、アウグスタはメイの手を引いた。

「艦長に、後で鉄道で追いつくと言っておいてくれますか。戸締りだけ、すみませんがお願いします」

 そうランスとレベッカに言うと、アウグスタはポケットから鍵を出して放り投げ、救急車に乗り込んだ。


 残されたランスは、足跡と泥で汚れた雪の上に落ちている、薄汚れたウサギのキーホルダーがついた鍵を拾い上げた。鍵は二つついていて、一方はゼイラギエンの船室のもの、もう一方はこの家のものと思われる、錆びついた鍵がついていた。

「変なキーホルダーだな、これ」

 ランスは隣に立つレベッカに話しかけたが、彼女は銃撃戦で消耗したのか、青白い顔をしていた。

「レベッカ?」

 ランスが顔の前で手を振ると、ようやくレベッカは我に返った。

「鍵、閉めに行こうぜ」

「そうね。アウグスタさん、いつでも帰れるように持ってたんじゃないかしら」

「うん。俺もそう思う」

 二人が鍵を閉めると、ちょうど市警軍の車が現れた。出てきた軍人には、事情は既に南部国境支部局から聞いていると言われ、それ以上は特に何も聞かれなかった。が、負傷者がいると聞いた軍人は、あまりいい顔をしなかった。援護は必要ないと言っていたくせに後処理ばかりやらせる、これだから空軍の奴らは、とこぼしながら、レベッカとアウグスタが手にかけた追手たちを調べるよう部下に指示した。

「それと、君たちを飛行場まで連れて行けと言われている。来たまえ」

「ありがとうございます」

「全く、パトカーをタクシーと勘違いしてるんじゃないか、君らの上司は」

 艦長より歳上の軍人からそう言われると、二人は頭が上がらなかった。だが、送ってもらえるのは安全面からいっても非常に助かる。

「疲れてるから助かります。すみません」

「君らが謝ることはない。子どもにやらせるとは正気とは思えん」

 子どもと言われれば腹が立つが、二十歳になっていないのだから、仕方ない。

 そうして二人は無事飛行場に送り届けられ、夕陽を浴びて静かに輝くホームに帰り着いたのだった。

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