5(7)
放課後、午後五時。
ブレンは、昼間に教えていた生徒の一人が巡礼像の前でしゃがみ込んでいるのを見つけた。
「おい、もう下校時間だぜ、何やってんだ」
少年は赤くなった目でブレンを見上げ、精一杯睨みつけた。
「先生こそ何してんだよ」
(授業中にケンカしてたやつか。面倒だな)
ブレンは首を鳴らした。
「下校時間の見回りだよ。あと、母校に来んのは久しぶりだから、ついでにちょっとな」
少年は無言で地面を見つめている。
「つーか、この像の前で悩んでるってことはアレだ。仲直りしたい奴でもいんのか? さっさと謝ったほうがラクになれるぜ」
「……あいつが悪いんだ」
「ケンカってのは一人じゃできねーな。昼間の様子だと、どっちもどっちだ。最初に殴ったのはあっちだが、お前は言い過ぎだ。いつもあのパターンか?」
彼は唇をぎゅっと噛んだ。ブレンはスーツのポケットに手を突っ込んだ。
「俺もさ、毎日毎日ケンカするダチがいる。カノジョとも毎日毎日ケンカしてる。俺は頭が悪いから、すぐ頭にくるし、思ったことをすぐ言っちまう。たぶん俺はあいつらに甘えてるんだよ。あいつらは、俺が口が悪いのを許してくれてる。俺は、あいつらが、今日もこんな俺のことを許してくれるのか確かめてえのかもしれねえ」
ブレンは、ひとりごちるようにして続けた。
「でも今は昔より歳食ったぶん、こっから先は言っちゃダメだって加減だけはベンキョーしたつもりだ」
少年はブレンを見上げた。
「お前はまだベンキョーの途中だな。どれがいちばんダメなセリフだったか分かるか?」
「……死ねって言った」
ブレンは彼の目を覗き込んだ。
「それはホントに思ってることか?」
少年は首をぶんぶんと横に振る。
「じゃあ、そのことを謝れ。んで、二度と言うな。ケンカするたびにこれを繰り返せ」
「先生はさ……ほんとはここに何しに来たんだよ」
「あ? 教育実習だよ」
「違うと思う。先生が背負ってるそのケース、オヤジが持ってるのとソックリだ。中身は楽器じゃねえ」
ブレンはため息をついた。
「俺が楽器を弾くように見えねーか? 大人になるとなあ、ベンキョーして賢くなったぶん、言えねーことも増えるんだ」
「悪い人なの?」
「さあな。でもひとつ秘密を教えてやるよ。俺はお前がダチと仲直りできるように手助けするために、ここに来た。精霊とか妖精みてーなもんだ」
少年は、思い切り胡散臭そうな顔をした。
「もうそんなもん信じてねーか? ところが、いるんだなこれが」
ブレンは暮れなずむ夕空に向けて腕を掲げると、スターティングピストルの引き金を引いた。周囲を校舎に囲まれた中庭に、乾いた音が反響する。
少年が見上げる視線の先、ブレンの背後で、古びた学僧の像が花吹雪を散らしながら消えてゆく。
「こんなもんがなくても、お前は仲直りできる。今からその足で、あいつの家に行け」
少年は、ほんの少し
「もうケンカすんなよって言いてえが……せいぜい、身になるケンカをしろ。本気でケンカできる相手なんか、中々いねーよ。じゃーな」
彼は再度頷き、吹っ切れた顔で立ち上がると校門の方角へと駆けていった。
石像が立っていた空間の背後の茂みがガサガサと音を立てる。ランスとレベッカがニヤニヤ笑いながら、ブレンの前に姿を現した。
「先生」
「あ?」
「シビれる〜!」
「仲直りの妖精! っていうかゴブリン?」
ブレンは二人の頭に本気のチョップを食らわせた。
「ふざけてねえで、さっさと引き上げんぞ!」
「照れてるな」
「ええ、照れてるわね」
「うるせー! ほってくぞクソガキども!」
職員室で一通りの手続きを済ませた三人が学園の敷地から一歩外に出ると、道の端々を蠢(うごめ)く影が見えた。ブレンは口元を歪めて笑った。
「過保護なママがお迎えに来てくれたってわけか。それにしても随分物騒なママだなあオイ」
レベッカはブレンがそう言い終えるより早く、スカートの下に隠していた拳銃を構えていた。そして数発放ち、相手を牽制した。その間にブレンは魔法のような速さで武器を組み立て、二人の前に立ちはだかった。
「お前らは職員室のセンコーに知らせてこい。念の為に、残ってる連中は窓がない屋内に避難させろ」
「でも!」
「うるせー、俺を誰だと思ってる。ガキは黙って俺の指示に従え」
二人は顔を見合わせた。
「スナイパーが生きて立ってるってことは、現状、勝率百パーセントってことだ。覚えとけ」
ランスとレベッカは背を向けて駆け出した。飛来した銃弾がその背後に追い
「ま、専業スナイパーはもうやめたけどな……かくれんぼは中坊までだぜ、へっぴり腰。隠れてねーで正々堂々かかってこいよ!」
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