6(4)
ランスがいなくなって一人きりになると、艦長は壁にある通信のスイッチを入れかけて、その手を止めた。
「……彼氏様がどうなってるか分からないなんて、言うべきじゃないか」
アストラのことだ。すべて自分の責任だと思い詰めるに決まっている。かと言って、現状報告しないわけにもいかない。ブレンから連絡があるまで待っていたいが、アストラから異常がないか連絡が入るのが先かもしれない。その時、自分はまた嘘をつくのだろう。
艦長は机の上で両手を強く握りしめた。これまで何度、こうしてきただろうか。椅子に座ったまま、何もできずに祈ることしかできない。この無力感を、これからもずっと背負っていかなければならない。先へ行けば行くほど、背負うものは増えていくばかりだ。
逃げ出したくなる朝もある。目覚めたら、全部夢だったと、ほっと息をつく。それから、配管が剥き出しの無機質な天井が目に入り、現実に引き戻される。
「アーノルド。クソ野郎。こんなところで僕を置いていくなよ。そんなんじゃ困るんだ」
きっとアーノルドは大丈夫だ。たとえ全身バラバラになっても、モニカが元通りにしてくれる。そして何事も無かったかのように、とぼけた顔で、何のことだと言うだろう。
ブレンは引き際を見極めることに長けている。あいつは絶対、アストラを泣かせたりしない。簡単に死んだりしない。そう約束した。
僕がこの腐った世界のルールを変えてやるその日まで、絶対に死なないとあいつは約束した。あいつは
もし破ったら、地獄まで追い回して、君のSAA(シングルアクションアーミー)で脳天をぶち抜いてやると言った。そのために毎朝腕を磨いているから、待っていろと。
それを聞いたあいつは、口の端を吊り上げて笑った。
『へえ? 面白いこと言うね、ヘッタクソ。やれるもんならやってみろよ。もし、お前が途中で
あの二人は絶対に帰ってくる。自分が信じていなくて、どうするんだ。
それから艦長はモニターに地図を表示させると、飛行場と鉄道の位置を確認し、操舵室に再度、内線を掛けた。
「ニノ、ひとつ頼みがある。一番近い飛行場に緊急着陸してくれ。これから要請を出す。理由はエンジンの不具合で問題ないと思うかい?」
一時間後、ブレンから連絡が入り、二人は無事だと分かった。
それを食堂でアウグスタから聞いたランスは、へなへなと床に座り込んだ。ご飯が喉を通らない様子だったレベッカも、顔を覆って「良かった……」と呟いた。厨房で暇そうにしていたメイが、さっき食べに来た操縦士見習いのルガーが、もう少ししたら緊急着陸すると言っていたから、すぐに合流できるのではないかと教えてくれた。
それから五分ほどで、メイの言った通り艦内放送があり、着陸態勢に入るので安全な位置に戻るようにと指示があった。
「もうこんなのは、ごめんだよ」
「今までこういうことが、ほとんどなかったことのほうが奇跡なのよね」
レベッカは急いで冷めたハンバーグを口に押し込んだ。
「もし敵のアンドロイドが今後増えてくるなら、私たちも何とかして立ち向かわないといけないんだわ」
「それは俺たちが心配することじゃないって、艦長は言うんだろうけどさ……」
「甘えてるわけには、いかないわよね」
引き上げられたアーノルドは、ランスがこれまでに見たことがないほどボロボロだった。バッテリーが切れていて動くこともできない彼を見て血相を変えたモニカは、すぐさま修理室に運び込むようにと言った。
ブレンの方は目立つ怪我こそないものの、軍服は汚れや破れだらけだった。彼は戻ってすぐにランスとレベッカの頭に手を置くと、髪をぐしゃぐしゃにした。
「心配かけたな。アーノルドがああなるのは、何もこれが初めてじゃねえよ。ナンバリングつきのアンドロイドが出たときゃ、大抵ああだ」
「ちゃんと元に戻るんだよな?」
「ああ、モニカが全力で前よりもピカピカにしてくれる。安心しろ」
それからブレンは二人の背後に立っていた艦長に向けて頷いた。
「おかえり、くたばりぞこない」
「おいおい、まさか一ミリでも心配なんかしてねえだろうな?」
「してない。ミイラ取りがミイラになってどうする」
「ハ、嘘つき。なめんじゃねえ、クソ野郎」
「アストラには何も言ってない」
「助かる」
艦長は医務室に向かうブレンの背中を見送ると、ランスに「今回のスケジュールの問題点を挙げてくれ」と言った。
「問題点?」
「そう。やっぱり過密スケジュールだったんじゃないかな……すまなかったね」
ランスはアーノルドが言っていた、弾薬を節約しないといけないということと、万一城主が敵に見つかり、脅されて隠し通路のことを教えてしまわないように、安全を確認しておく時間がなかったことを伝えた。艦長は頷いた。
「ありがとう。予算と時間はいつも無い。でも、なんとかしないとね。それが僕とアストラの仕事だから」
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