9(2)
シロタエが手折った枝の先には膨らんだ蕾がいくつかついていた。
彼女の手の中で、白桜の枝は淡く光りながら蕾を膨らませ、あっという間に花をつけた。
「これだけ魔力が木に戻っていれば、十分だわ。もうあなたは何もしなくていい」
「おい、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。どういうことなんだよ、説明しろ」
シロタエは桜の枝を月に翳した。花びらは、はらはらと散っていく。
「私はグレンから、あなたを他の番人たちから守るように頼まれて、お祖父様と一緒に村に匿っていたの。村を襲ってきたのは、あなたを血眼になって探していた、他の番人たち。あの時、私はあなたを守り切れなくて、グレンに教わった方法でこの空間に逃げ込んだ。それからは、その機械人形を使って、あなたを取り戻そうとしていた。たくさんつらい目に遭わせてしまって、ごめんなさい」
ランスは頭を抱えた。
「ちょっと待て、じゃあ、村のみんなは艦長たちに殺されたっていうのかよ⁉」
「そうなるわね。まあ、あの人たちだけではなくて、他の番人も居たわ」
「オヤジとお前は、艦長側と敵対してるってことなのか?」
「そういうこと。たしかに私は彼の部下を何人か殺してきたわ。でもそれと同じだけ、私も仲間を殺されている」
ランスは、木の幹を殴りつけた。
「なんで、なんで、もっと早く言ってくれなかったんだよ!」
無駄な戦いを避けられたかもしれない。今まで自分に関わったせいで傷付いたり、生死の危険に晒されてきた人がたくさんいるのに。
「本当はあなたを番人たちと関わらせたくなかったけれど、白桜に魔力が一定量戻るまでは、どうしたって誰かに魔力を集めてもらう必要があったわ。そうしないと、この場所をこの状態のまま維持できないし、帝国には魔力源がないから、いざという時に困る。それに、艦長のことも調べる時間が必要だった」
ランスは顔を上げた。
「なんで俺は親父の記憶を継いでないんだ? 艦長に何か忘れ形見を持ってないかって聞かれたけど、そんなの無いし」
「グレンは、まだ死んでいないからよ。番人は前任者を殺して継承する。彼はあなたを番人にしないために姿を隠したの」
ランスはシロタエの冷たい瞳を見つめたまま動けなくなった。
「生きてるのか!? でも……殺して継承するって?」
シロタエは、番人とは呪われた『世界保存システム』だと言った。
後継者に選ばれた者は、前任者を殺すことで記憶を受け継ぎ、同時に特殊な魔法を秘めた祭具を手に入れる。その魔力の根源は前任者と後継者の生命力である。
巡礼像は、祭具に使われることのなかった魔力と、自然界では保存できない人間由来の魔力を集めて魔元素に変換して溜める装置。白桜は千年に一度、その力を集めて解放し、世界の魔元素を補充する……。
「魔法なんて言っているけれど、本当は人の犠牲のうえにエネルギーを得ているのよ。その魔法は、核汚染から人間を守る障壁を維持するためのもの。王国がしているみたいに、日常生活で気軽に使っていいものじゃないの」
でも人間は、一度便利さに慣れてしまったら戻れないのね、とシロタエは呟いた。
「もともと帝国を建国したのは、王国を正そうとした一部の番人たちだったわ。でも結局王国には勝てなかった。そんなことも、もう番人の誰も記憶していないでしょうね。記憶なんて簡単に忘れたり、都合よくゆがめてしまえるから」
グレンは白桜刀を司る者として、また帝国貴族として、千年伝説の機会に番人制度そのものを見直そうと意見を出したという。
「でも番人はみな、それぞれの肩書や立場があって、それぞれの正義を掲げたわ。そして、グレンを排除することにした。グレンと近い考えを持っていた、艦長のお兄さんのアーサー・フラクスもね。彼の場合は、番人である妻リアナを守るために自分が番人だと偽った」
二人は、鮫を頼った。鮫は番人のシステム自体を疑って、他の番人たちとは距離を置いていたからだ。
けれども、最初にグレンの妻サクラが何者かに殺され、アーサーもまた命を落とした。
グレンは後継者であるランスを守るため、サクラの伝手を辿り、忍びの一族の集落にランスを預け、鮫に託した。そして自身もランスも死んだように見せかけた。そうすれば番人たちは白桜刀とその後継者を探すことに躍起になり、真実にたどり着けなくなると考えたのだ。
「けれど、グレンは失敗した。王国の宰相を信用してしまったの。ランスの居場所もバレてしまって、結局あなたは番人の仕事をすることになってしまったわ」
「お前はいつ鮫を継いだんだよ」
ブレンが、鮫を殺しても殺したほうが乗っ取られると言っていた。それは番人の継承システムのことを言っていたのだろうが、艦長たちは何度か『鮫』を殺しているはずなのだ。
「もしかして、今まで艦長たちが殺したと思っていたのはぜんぶ機械人形で、初めからお前が鮫だったのか」
シロタエは、寂しそうに微笑んだ。
「その呼び名は、私が継ぐずっと昔の……それこそ千年も前の、最初の番人の呼び名らしいわ。彼は戦争で失った恋人を蘇らせたい一心で、番人になったみたい。他の番人とは距離を置いて、一人で生きて死んだ。その気持ちだけは、千年経ってもうっすら覚えているわ。大切な人は失いたくない。絶対に」
断固とした声音で言うと、シロタエはランスに向き直った。
「私は伝説を実現させたくない。あなたを死なせたくない。今すぐ魔法障壁が壊れるわけじゃないし、魔元素を貯める方法は他にもあるはずよ。それより、まずは腐った王国を潰さないと。それから、王国と仲良くするつもりの腑抜けた帝国人もね。あなたは、ここにいて。ここは安全だわ。私はあなたを守りたい。たとえあなたから憎まれたとしても」
ランスは後ずさった。
アズサは、こんなことを言う少女ではなかったはずだ。
でも、自分が知らなさすぎたのだ。
やろうと思えば、艦長から無理矢理にでも聞き出せたのに。
物わかりがいいふりをして、余計な口を挟まないでいるのがいいことだと決めこんでいた。
自分は両親に守られ、アズサやジジイや村の人々に守られ、今は艦長たちに守られている。自分にそんな価値はないと叫びそうになった。白桜刀の跡継ぎというのは、命を懸けて守るほどの存在だというのだろうか。
「なんで、そこまで……」
シロタエは寂しそうに笑った。
「あなたを守るように頼まれたとき、正直迷惑だと思った。でも、すごく小さい頃に鮫を継いでからずっと一人だった私にとって、あなたは初めて家族と呼べる人だった。一緒に暮らしていて楽しかった。そして、初めて好きになった人なの。それじゃ説明が足りない?」
霊魂でしかないはずの彼女の瞳の中には、紛れもなく優しい光が宿っていた。
村にいたころから、その気持ちに全く気付いていなかったわけじゃない。そうかもしれないと思ったことは何度かあった。
つい先ほどだって、キスしてくれたけれど。
それでも、たった一人のちっぽけな人間のためにこんなことまでする必要があるのだろうか? もうやめてほしいと言いたい。
でも、彼女は一度決めたことを簡単に変える人間じゃない。口でなにか言ったところでどうにもならないだろう。
考えろ。ここから出る方法はないか。
たとえここを出られたとしても、シロタエは何らかの方法で機械人形を出入りさせているから、追われ続けることになるだろう。それでも、今ここで囚われるわけにはいかなかった。
「悪い、ちょっと頭を冷やしてくる」
「艦長さんに助けを求めても無駄よ。あなたたち二人には、ずっとここに居てもらうわ」
「じゃあゼイラギエンは?」
「関係ないものを置いてはおけないから、返すわ。時間の進みを遅くするために、無駄な魔力を消費してしまうから」
その言葉でランスは、リアナも同じ事を言っていたのを思い出した。
ここへ自由に出入りしているのは、さっき突然姿を現したリアナなのではないか。番人の一人なら、何か特別な能力を持っている可能性がある。
「俺はここに残ってもいいぜ。その代わり艦長もレベッカも、ゼイラギエンごと外に帰してくれよ」
「それは無理――」
シロタエが言い切らないうちに、ゼイラギエンの方向から発砲音が聞こえた。音速を超える弾丸がランスの脇を飛び去り、直前までシロタエの額があった位置を抜けた。放たれた銃弾すべてを、シロタエは見切って避ける。弾丸は雪を深く穿った。
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