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「おいこら、ランス! 操舵室に何しに来たんだ」
ルガーに首根っこを掴まれたランスは、ジタバタと暴れた。
「池の周りの追いかけっこ兄弟にも、二次方程式にも飽きた! 食堂は掃除中で行き場がないんだよ! たまには空を眺めさせてくれよ」
ランスが妙に疲れた声をしていることに気付いたのか、ニノが振り返る。
「ランス、ちょっと疲れてないかい? あと一時間で着陸予定だけど、少し昼寝でもしてきたら?」
「部屋から追い出されたんだよ! こないだ機械犬が侵入したから定期チェックだって」
「仕方ないなあ、絶対にどこにも触るなよ。触ったら晩ご飯は抜きにしてもらうからな」
「そんなあ! わかったから」
「静かにしてろよ」
ルガーが、しぶしぶパイプ椅子を出してくれた。隣のウェルロッド夫人がクッキーを、夫のジェレミーがコーヒーの入ったカップを差し出してくれたので、ランスは礼を言いつつ受け取った。夫妻とは時折、食堂で一緒に食事をすることがある。二人とも、親戚のようにランスに気さくに接してくれる。
「あのさ、なんで艦長はさっきの船の艦長と仲が悪いの?」
「犬猿の仲というやつですわ。見てるぶんには面白いんですけれど」
ランスはクッキーを頬張った。ザクザクした歯ごたえでジンジャー風味の懐かしい味だ。あっという間になくなってしまった。
「うめえ! だけど俺は、とばっちりを食らったから全然面白くねえ。他人に当たるなっつうの」
「ふふ、そうですわね。大人になると、思うようにいかないことが増えて、コップから水が溢れてしまうこともあるんですわ。艦長はまだ若いですもの」
ランスは首を傾げた。確かに艦長は実年齢より若く見えるが、若いというと二十代くらいを指すのではないか。
「俺の倍近く生きてるじゃん」
「私の半分しか生きていません。まだまだヒヨッコですわ」
「じゃあ俺はタマゴ? 食べられちゃうじゃん!」
ランスが言うと、夫人は飲んでいたコーヒーカップから顔を上げて笑いを
「ふ、ふふ……面白いことを言うのね、あなた。そうですわよ。ツルツルのタマゴですわ」
「ひっ! つるつるの茹で卵?」
「でも、学校で教わったかしら? 私たちが食べているのは無精卵ですわ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。だから心配なさらなくて大丈夫。有精卵がどんな風にニワトリになっていくのかを見ているのは、とても面白いですわよ」
夫人は操舵席に座るニノとルガーのほうを見てから、ランスにウインクした。
「あなたは将来どんなことを
ウェルロッド氏は肩をすくめた。
「艦長室に出入りしているのなら、歴史書をいくつか、かっぱらってこい。暇なときに教えてやる」
「まじで? やった!」
「良かったですわね。ジェレミー、よくご存知ですのね、あの部屋に文学以外の本があるなんて」
「私の寄贈だ。艦長が帝国史を勉強したいと言ったからな」
「そうでしたか」
「探せるかな。さっきの揺れで本が全部落ちてきて、仕舞わされたんだぜ」
「あら……ご苦労さまでした。じゃあ今頃、艦長は一人でキレながら並び替え中ですわね。毎度のことです」
「そうなの? 仕事しろよ。あれって何順? アルファベットじゃないって言ってたけど」
「さあ……探すついでに調べてみてくださいな。読書家の方はこだわりがあるようですから」
「ふーん」
ランスは、ふと父の書斎のことを思い出した。学校の教室くらいの広さで、部屋に入ると天井まで届く書棚が迷路のように入り組んでいた。幼い頃は、父の姿を見つけるのは至難の業だった。
母に怒られると、ランスは決まって書斎に忍び込んだ。父はランスの姿を見つけると、図鑑の類を手渡してくれた。あまり口数が多くない上、いつも忙しそうな父は、一緒に読むということはしなかった。が、座って静かに読んでさえいれば、ずっと部屋にいても怒られなかった。
あの本の森のような部屋にあった蔵書は全て、父の死後、古書店に売り払ってしまった。これから歳を重ねるにつれて、後悔していくことになるのかもしれないと、ランスは思ったのだった。
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