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 次の巡礼地は、近くに飛行場がない。そこで当初は、少し離れた街にある飛行場から鉄道を乗り継ぐ計画だった。だが、昨日からの強い風雪のせいで朝から鉄道が止まっていると、つい先ほどアストラから連絡が入った。どこか他に飛行場として使えそうな場所はないかと艦長は言うけれども、無いものはない。そう簡単に見つかるものではない。

 だが、ニノには、一箇所だけ心当たりがあった。旧国際空港の跡地だ。大気汚染と騒音被害で近隣住民と揉めて移転したあと、現在は何か別の軍用施設として使用されているらしい。今も古い滑走路の一部がそのまま残っていて、不具合を起こした飛行艇が幾度か利用したという記録を読んだことがある。

 しかし問題はやはり、その滑走路の短さと狭さだった。緊急時でもないのに利用するのは、離着陸の許可が下りるか分からない。

 ウェルロッド夫人に相談すると、先刻の鬼神のような手捌きが嘘だったかのような、涼しい顔でモニターを見つめてコーヒーを飲んでいた彼女は、眉をぎゅっと寄せてニノの目をじっと見つめた。

「あなたならできると思うけれど、私ならやりませんわ」

 その返答がかえってくることは、ニノも覚悟していた。けれど、ランスの仕事は、とても大切な仕事だ。彼が故郷と家族を奪われたのは、彼にしか使えない、あの刀が理由だという。自分より一回りも年下の少年が、辛い目に遭いつつ、身を危険にさらしながら、人々に知られぬまま、大勢の人間のために続けてくれているのだ。彼のために自分ができるのは、飛行艇を操縦することしかない。それをやらなくてどうするのか。乗組員の安全と彼の仕事と自分の技術、それを総合して――ニノは艦長室に内線を入れた。

「艦長。先ほど、利用できる飛行場はないとお伝えしましたが、一箇所だけ、使える可能性がある場所に心当たりがあります。ただし、離陸も着陸も非常に難しい場所です」

 艦長は少し間を置いてから、

『できるのか、できないのか教えてくれ』

と言った。正直なところ、失敗する確率がないとは言えない。航空業界では、小数点以下の確率でも危険性があれば排除することになっている。しかし、今日を逃せば、この巡礼地を訪れる機会は、ほぼないかもしれないという。だから艦長は、どうにかならないかと相談してきたのだ。交通の便が悪い僻地へきちで、ますます寒さが厳しくなるこれからの季節、年が明けると、雪解けまで鉄道は止まってしまうという。

 ニノは拳をぎゅっと握りしめた。

「マギーさんは、自分ならやらないとおっしゃっています。でも、艦長。僕の腕を信じてください。やれます」

 ほんの一瞬だけ間があった。

『分かった。離着陸許可は僕が何とかしてみせる。信じてるよ、ニノ』

 艦長の声は、もう冷たくはなかった。四年前の採用面接のとき、まだ見習いだった自分の話を聞いて、一緒に来てくれと微笑んでくれた日と同じ、温かいものだった。

 視界の端で、ウェルロッド夫人が頷くのが見えた。彼女が口元に微かに笑みを浮かべたことには、気付かなかったけれども。

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