WCC3. 美貌の青年と赤毛の軍人
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ランスが故郷を焼き払われ、家族を失ったのは全て、ランスが『仕事』の際だけ持ち出しを許される東洋風の魔刀、『白桜刀』に原因がある。黒光りするこの刀は、ランスがかつて父グレンから譲り受けたものだ。
それは、魔法大国であるクリステヴァ王国と比べ、魔法資源がほとんどない聖十字帝国が有する唯一の魔法具で、何百年も前から皇族が保管していた国宝だ。どういった経緯で父がこれを手に入れたのかは分からないが、艦長によれば、いまこの刀を扱える人間はランスしかいないのだという。
ランスの役目は、この東洋の刀、『黒銀刀』にかつての魔力を戻して『白桜刀』にすることで、そのためには帝国各地を『巡礼』して古い石像を『破壊』しなければならないということだった。
何百年かに一度の何とかムーンという満月の夜までにそれを終えなければならず、その日はもう三ヶ月後に迫っている。白桜刀はその日、溜め込んだ魔力を解放して不毛の地である帝国に恵みをもたらすのだと、艦長はランスに御伽噺のような話を語って聞かせた。
艦長は白桜刀の役目を「千年に一度の大掃除みたいなもの」と言ったが、ランスが初めて騎士の石像を破壊した夜に現れた『シロタエ』という名の刀の霊は、「掃除じゃなくて浄化」と言って怒った。
彼女はランスにしか見えず、声もランスにしか聞こえない。白桜刀は切ったものを内部空間に閉じ込めていくそうで、シロタエもその中に住んでいる。
一度ランスが死にかけた時があって、その時シロタエはランスの体を勝手に操り、白桜刀を体に突き刺した。その時、ほんの五分ほどだが、ランスは刀の内部空間に滞在した。
真っ暗闇の中には作り物めいた月が浮かんでいて、果ての見えない闇の中には、ランスが切った騎士の石像が割れたまま転がっていた。節くれだった白い大木が一本だけ植わっていて、その木の枝に、東洋風の衣装を纏った黒髪の東洋人の少女が座っていて、それがシロタエだった。
「何度も使われちゃ困るけど、死にそうになったら同じことをなさい。どこか適当な場所に飛ばしてあげる」
故郷の家にあったような、少し不気味な人形に似た白い顔の少女はそう告げると木から降り、ランスに口づけした。その瞬間視界が反転し、ランスはいつもの帝国軍の飛空艇の中で倒れ伏していた。これが、アーノルドが言っていた空間移動だ。
二ヶ月間で七つの石像を破壊してきたが、石像は全部で二十九あるという。これを残る三ヶ月間、春分の日までに全て壊すことが、居場所の代わりにランスに与えられた仕事だった。
ランスが暮らしていた田舎村は、東洋からの移民が多かった。ランス自身は母親が東洋系だが、父は生粋の帝国人で、元老院議員で、ランスは二人が突然死ぬまでは帝都で不自由ない暮らしを送っていた。
十三歳の時に二人が事故で亡くなると、ランスは母方の祖父に引き取られて東部の辺境村に行くことになった。見渡す限り田畑しかない村では、年がら年中畑作の手伝いをするばかりだったが、
だが、ジジイと、遠縁の娘で同じく孤児であるアズサとの貧乏だが平和な暮らしは、たった三年で終わった。いまから半年前に村を訪れた武装集団によって壊されたのだ。けれどもそれは、辺境では珍しいことではない。帝国はあちこちの小国と小競り合いをしていて、隣の大国クリステヴァ王国とは常に一触即発である。
だが、武装集団はどうやら普通の略奪兵ではなかった。そして、ジジイもアズサも村人も、ただの村人ではなかった。アズサは、ランスを地下水路に繋がる通路に押し込みながら言った。
「この刀を持って必ず生き延びて。王国にいるゴドフロアっていう人を頼って」
そして、彼女は微笑みながら、銃火器で武装した兵たちに、投擲ナイフを手にして立ち向かった。ランスは彼女がうつ伏せに倒れ、手を伸ばすのを、まるで舞台か何かを見ているかのように見つめていた。
「死んだら許さないんだから!」
彼女の絞り出すような金切り声に弾かれたようにして、ランスは走り出した。そうして走って、走って、地下水路で暮らすホームレスのおっさんに食料を分けてもらって、どこかの村の食堂のウエイトレスに配給のスープをもらって、どこかの街で馬車に積まれたリンゴを盗んで、いつの間にかたどり着いた隣国との国境で警備兵に捕まり、ゴドフロアの知人だと言って、王都の牢屋にぶち込まれた。
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