7(2)
ランスは両手で髪を掻きむしった。
「ああー! わかんねえ! なんで兄弟が池の周りで追いかけっこなんかやるんだよ! んな幼稚な遊びをやるのはミドルスクールまでだろ!」
「ランス、ちょっと静かにして」
隣に座っているレベッカがノートに鉛筆を走らせながらボヤく。
「だいたい、私たちが今教えてもらってるのはミドルスクールの内容でしょ」
「ランス、どこがわからないのか言ってごらん」
修理工のアレン・モスバーグが、そう優しく聞いてくれるが、ランスは「ぜんぶ!」と叫んで机を叩いた。
モスバーグは仕事の合間を縫って週に二回、食堂で二人に数学を教えてくれている。二人は艦長の指示で週に数回、午前中に船員たちから勉強を教わっている。今回は船に乗っていないがステンという翻訳者からは、スラヴ語。ジェレミー・ウェルロッドという砲撃手からは歴史。アウグスタも、今度から理科を教えてくれることになっている。
帝都の国立一貫校に通っていた頃から、ランスは理系科目が得意ではなかった。どちらかというと歴史のほうが好きだった。なので、ウェルロッドの授業は真面目に聞いている。
レベッカのほうは、公立のミドルスクールを家庭の事情で中退して以来勉強していないという。が、彼女はランスと違って、どの先生の授業も熱心に受け、勉強している。
「こんなの何の役に立つんだよ。追いかけっこなんかバカップルが浜辺でやるだけだし、計算なんかする必要ねえだろ」
モスバーグは困った顔をしつつ、ランスに向き直った。
「いいかい、ランス。計算方法の一つ一つは、将来の仕事によっては役立たないかもしれない。でもね、これは論理的に物事を考える練習なんだよ」
「ロンリテキ?」
それって美味いのかと口から滑り出そうになった。しかし、モスバーグの真剣な表情を見て、ランスは口を噤んだ。一人静かに船の修理をすることが好きで、決して口数が多いほうではなく、話す時にもあまり目を合わせようとしない彼がランスの目をまっすぐ見つめていたからだ。
「そうだ。整理して順序立てて問題を解決する力は、いくつになっても必要だよ。大人になるとね、数学の問題みたいに答えが一つで、手順通りにすれば解決できる物事のほうが少なくなるんだ」
「うーん……センセーは、これが簡単だって言いたいんですかー」
「簡単だとは言ってないよ。でも、大人になってから直面する問題と比較すると簡単だ」
「はあ……」
ランスはため息をついた。レベッカは相変わらずカリカリ音を立てながらノートに解答を綴っている。
「別に勉強頑張ってなりたいものなんか、ねえし」
「そうなのかい? この旅が終わったら、どうするの?」
ランスは眉根にシワを寄せた。
「軍に残るくらいしか、他にやることねえ」
「それなら勉強しないとダメだよ。君は士官学校を出てないから、このままずっと在籍することは難しい。正式入隊するには、士官学校卒業相当の学力は最低限必要だ。何か技術を持っているなら別だけど、君はまだ銃も扱えないだろ」
「うぐっ」
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