WCC7. おおぞらに焦がれて

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 ゼイラギエンは、現在帝国が所有している軽巡空艦のなかでは最も古い。その名の由来は記録に残っているなかで最古、大災厄以前のゲルマン艦艇とされるキャラック船である。

 魔法がまだ帝国でも使えた頃の名残で、航空機のたぐいは一般的に『飛空艇』と呼ばれているが、実際のところはロストテクノロジーを流用したジェット機である。

 飛空艇はアンドロイド同様、資金面で帝国軍くらいしか開発できない代物である。これまでの紛争でも幾度か投入されてきており、その制圧力は、予算を圧迫する開発費と維持費に不平を漏らしていた市民派の元老院議員たちも認めざるを得なかった。

 ゼイラギエンは定員約二十名の中型軽巡空艦で、もともとは小回りのきく輸送機だった。それを地上攻撃も可能な哨戒しょうかい機に転用するため、三十ミリガトリング砲と一〇五ミリ榴弾砲、対地・対空ミサイルを後付けしている。

 同規模の飛空艇は、南北それぞれの国境支部局が一機ずつと、東西南北の支部局が非常時用に所有している。

 愛好家たちの間では、ゼイラギエンの銀色の機体と流線形のフォルム、軽やかな飛行姿がひそかに人気らしい。だが乗船する側からすれば、たびたびエンジン不調を起こす燃費の悪いオンボロであり、輸送にも攻撃にも中途半端な器用貧乏だ。

 なにかと出動機会が多い南部国境支部局に、なぜこの旧型飛空艇が配備されているのか。いい加減に新しい機体を回してほしいと、以前から艦長は上層部に苦言を呈そうとしている。が、艦長がこっそり書類を提出しようとする度に断固反対し、あの手この手で妨害する者が四名。ゼイラギエンのパイロット達である。


「なんだって艦長は、いつもいつも当日に予定を変更したり、急に緊急着陸させたりするんですかね?」

 操縦士見習いのルガーは寝起きの不機嫌そうな顔で、操舵室の隣の席に座る先輩に愚痴った。先輩である操縦士のニノは、女子メンバーから密かにベビーフェイスと呼ばれている、つるりとした健康的な顔に、人の良い笑顔を浮かべた。

「それは上からの指示とか、いろいろやむを得ない理由があるんだよ」

「でも今回はまたアレですよね? 北の領空侵犯」

「ああ……」

 ニノの顔が、生気を吸われたかのように急速にしぼむ。北部国境支部局とは犬猿の仲だ。特にトップ同士が。

「ニノさん、たまには文句を言った方がいいですよ。何でもっと早く申請しておいてくれないのかって」

 ニノは肩をすくめた。隣で優雅にコーヒーを飲んでいる初老の上品な女性――彼らにとっては大先輩パイロットだ――は、普段どおり冷静沈着に見える。が、その瞳は爛々らんらんと輝いており、瞬きすらも惜しそうな様子でモニターを凝視している。そして彼女、マーガレットの夫である砲撃担当のジェレミー・ウェルロッド氏もまた、いつもにも増して無口で、同じくコーヒーをすすりながらモニターを凝視している。あの夫婦は中に違いない。

「まあ、離着陸に関して言えば、いい練習になるじゃないか。せっかく習ったことも使わないと忘れちゃうだろ」

「先輩はそういうとこがいい人すぎるんですよ」

「いい人止まりってよく言われるよ、はは。彼女欲しいなあ」

「あー、俺も欲しいっす」

 二人は乾いた笑い声を上げた。

「でも、こんな年中飛び回ってる仕事じゃ無理っすよね。休みも飛び飛びだし」

「休みのことはパイロットになるって決めた時点で諦めなきゃ」

「パイロットって給料いいしモテるんじゃなかったんすか?」

「それも仕方ないよ。予算は変えられないし、軍用機にキャビンアテンダントはいないから」

「はあ……いっそのことストライキしましょうよ。拘束時間が長すぎる、思ってたのと違うって」

 ニノは無駄に爽やかな笑顔で爽やかな笑い声を上げた。

「いいね! でも僕は、とりあえず空を飛べてたら、それでいいかな」

 ルガーは、やれやれと首を横に振る。

「やりがい搾取に乗っちゃうんですか?」

「この気持ちだけは嫌なことがあっても忘れたくないんだ。ここに来るまで頑張ったしね。君もそうでしょ」

「あー」

 ルガーは首を鳴らし、肩を回した。目つきが悪いせいで、何かと不良に絡まれてきたという鋭い目で、獲物を探す猛禽類のようにモニターを見下ろす。

「ま、そうっすね」

 ニノは両手で頰を軽く叩く。

「さて、今日も一日頑張るか。行くぞ、ゼイラギエン」

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