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 箱が開けられた時、そこにあの青年の姿はなかった。箱を開けた人物の顔は暗闇のせいでよく見えず、また、何も言わずに去って行ってしまった。そこは人が五、六人ほど入ればいっぱいになってしまうくらいの狭い倉庫か何かで、ランスが詰められていた箱と同じものがいくつか積み上げられていた。どこからか、ほんの少し海藻のような香りが漂ってきたが、海の近くに行ったことのないランスには、それが外から入ってくる海の香りだとは分からなかった。

 細く開いた扉の隙間から差し込む弱々しい光を頼りに、ランスは目を凝らし、指示された通り青い封筒を開けて読んだ。

『この倉庫内の食料は、適当に食べて良い。三日間はここで潜伏して、四日目の夜、月が登りきったら同封の地図にある場所に向かうこと。赤毛の空軍所属の軍人(ダークグレーの制服を着ている)に白い封筒を渡すように』

 一体何時間列車に揺られていたのかは分からなかったが、外から差し込む陽の光は、やはりオレンジ色だったので、丸一日くらいはかかったのだろう。空腹感も何もなかったが、ランスは手近にある箱の中から小振りな赤いリンゴを出して齧った。水っぽく、あまり味はしなかった。

「マズイ……」

 それでもランスは、リンゴを三個食べた。その箱には他にも小振りなナシや大振りなミカンなど果物類が入っていたが、なぜかその時食べたいのはリンゴだけだった。次の日はナシ、その次の日はミカンを食べた。どれも売り物にならず廃棄寸前のもののように思えた。別の箱の中には、干し肉や歯が折れそうなほどガチガチに硬いパンもあったが、それは少し齧っただけでやめておいた。

 そして四日目の夜、青い波のような光が揺らめく地下のバーに辿り着いたランスは、艦長と出会ったのだった。


 バーではひと騒動あったものの、ランスは無事に手紙に書かれていた赤毛の軍人のもとに送り届けられた。深夜で人気の少ない、執務室と思われる部屋の奥にいる主は、机上に肘をついて指を組み、微笑みながらランスを見上げた。

「君がランスか。大変な目にあったね。とにかく無事で何よりだ。僕はレオンハルト・ホーエンシュタウフェンという。この南部国境支部局の局長だ。まあ、艦長って呼んでくれればいい」

 ランスは、微かにアルビオン訛りのゲルマン語で話す赤毛の若い男を、どうも胡散臭いと思った。彼は、故郷でも時折目にした軍人とはまるでかけ離れていた。決して体格がいいほうではなさそうだし、髪は男性の割に少し長く、長ったらしい名前からいっても雰囲気からいっても、どことなく育ちが良さそうだ。そして何より、常に柔らかい微笑を湛えていた。落ち着いた声ではあったが、Rの発音がやや弱い話し方は、ランスからすれば少し軟弱に聞こえた。

 ランスが白い封筒を手渡すと、それに軽く目を通した艦長は、真面目な顔になると、ランスが背負っている刀を鞘から抜いてみせてほしいと言った。

 追っ手から逃げていた時にも、銃弾相手に役に立たなかったとはいえ、枝を折ったり食料を切ったりするのに使っていた。そのせいで少しばかり刃こぼれしているかと思っていたが、黒い刀身には傷一つついていなかった。

「君の力が必要だ。君にしかできないことがある」

 艦長はそう言って、帝国軍に所属して力を貸して欲しいとランスに乞うた。

 ランスは正直なところ、彼を信用していいのかどうか分からなかった。確かにここが帝国空軍の支部局であることは間違いなかったが、自分のような痩せた非力な子どもに一体何ができると言うのだろうか。

 しかし艦長は、衣食住を保証する、故郷の人々もきちんと埋葬すると約束してくれたので、ランスは半信半疑で差し出された右手を握り返すことにした。どのみち他に行くところも帰るところもないし、失うものなど自分の命以外になかったからだ。

 そして、それから一ヶ月しないうちに、艦長は部下に命じて故郷を綺麗にしてくれた。連れて行ってやれなくてすまなかった、まだ君が行くと危ないからと謝りつつ、彼は焼け残った家から出てきたという十字架をランスに手渡してくれた。

 銀色に鈍く光るそれは、汚れて傷がついていたけれども、間違いなくアズサのものだった。ランスは震える手でそれを受け取った。そして、その時初めて泣いた。あの襲撃の日から四ヶ月以上が経っていた。艦長は、ダークグレーの軍服が汚れるのも構わずに、まるで兄弟のように背中を叩きながら抱きしめてくれた。

「君を見つけるのが遅くて本当にすまなかった」

 彼は普段デスクワークばかりしているはずなのに、目立つ汚れもなく糊がきいた軍服には、硝煙の香りが染み付いていた。

 その時何故かランスは、この人は信頼してもいいのかもしれないと思ったのだった。






***NGシーン(本編とは関係ありません)***


 追っ手から逃げていた時にも、銃弾相手に役に立たなかったとはいえ、枝を折ったり食料を切ったりするのに使っていた。そのせいで少しばかり刃こぼれしているかと思っていたが、黒い刀身には傷一つついていなかった。

「君の力が必要だ。君にしかできないことがある」

 ランスは艦長の目をじっと見つめ返した。

「なんだい」

「その続きは?」

「続き? 軍に所属して力を貸してくれないか?」

「違う! 今ロードショー中のあれだ! 作者が執筆活動のせいで観に行けてなくて地団駄を踏んでるっていう!」

「なんとなく分かったが、著作権上それは難しい」

「もういい! ランス進化〜〜!」

 艦長は額を押さえた。

「で、君の成熟体は何だ?」

「えー……っと、ランスロットとか……どう?」

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