Fragment:2 帝国・北部旧国際空港跡

WCC8. 黄昏の妖精

8(1)

 操舵室を出たランスは艦長室に向かった。そういえば、一人で船内を歩くのは久しぶりだ。いつも誰かが、危険な目に遭わないように一緒にいてくれる。

 この半年と少しで分かったことがある。人間というのは、あっさり死ぬこともあれば、惰性で生きているだけでも案外、簡単に死なないようにできているらしいということだ。辛いことがあっても、無かったことにしようとする。

 ランスは村が焼かれてからここに来るまでの間のことを、正直ほとんど覚えていない。まるで記憶にもやがかかっているかのようだ。それに今でも、家族も友達も、もう誰一人としてこの世にはいないという事実を飲み込めていない。自分のほうが彼らから遠く離れてしまっただけだと、自分を騙しているような気がする。だから艦長が言うほど、強くなんかない。

 無意識のうちに首から下げた十字架を掴んでいることに気付いた。ずっと心の支えにしていたのは、この十字架と白桜刀だった。そして、繰り返しアズサに言われてきた言葉だった。

『忘れないで。私はいつでも、あなたの味方よ』

 両親を突然失った自分を、励ますつもりで言ってくれていたのだろう。けれど、当たり前のように傍にいてくれた彼女も、今はどこにもいない。言葉だけが残った。毎朝、ジジイが起床の合図代わりに竹刀を振り回してきたことを思い出すけれども、もう飛び起きる必要もない。

 やっぱり死んだのは自分のほうなんじゃないかと思う。


 そんなことを考えながら歩いていると、館長室の手前にある武器庫にレベッカが入る姿が見えた。ゼイラギエンは臨戦態勢に入っている。手伝ったほうがいいかもしれないと思い、ランスは後を追った。

 レベッカは長い三つ編みを左右に揺らしながら、武器庫の棚の前で何かを探しているようだった。肩から提げている短機関銃は、一度試しに持たせてもらったことがあるが、決して軽くはない。これに加えて拳銃も持ち歩いているのだから、彼女は見た目ほど非力ではない。

「レベッカ」

「きゃっ」

 ランスの気配に気付いていなかったのか、レベッカは小さく悲鳴を上げた。

「い、いつの間に入ってきてたの」

「ついさっきだけど。なんか、手伝えることある?」

「じゃあ、一緒に後部ハッチまで運んでくれる? 隊長が使うの。落とさないように扱いには気をつけてね」

 弾薬が入っているのか、重量のある箱を手渡された。レベッカは手にしたリストを見ながら、棚から箱を取り出している。

「そうだ、どうだった? 操舵室」

「ああ……今までずっと、ああやって頑張ってもらってたこと、全然知らなかったんだって思った」

「そっか。ランスってさ、なんだかんだ、いい子よね」

「……そうか?」

 そんなことを言われたのは初めてだった。ランスは頭を掻いた。

「うん、そう」

 背を向けたまま特に感情を込めるでもなく返答すると、レベッカは棚の扉に鍵をかけていった。

「行こっか」

 通路の細い窓から見える十二月の午後三時半の空は、既に夕刻の色を帯び始めていた。レベッカは、窓を背にしてランスを振り返った。その瞬間の彼女の横顔は、ぞっとするほど美しかった。蜂蜜色の髪は背後から差し込む光で縁取られていて、銃さえなければ絵画の中の妖精のようだった。年齢不相応な諦めを纏った表情が、非現実感を強めていた。

 惚れそうになったというわけではない。身近な存在だった少女が、遠い世界の知らない存在に思えたのだ。

「もしも負けて私が死んだら、母さんと弟は生きてけるのかなって、いつも思うの」

 レベッカの母方の家は、ロックフェラーという有名な実業家一族だったという。ランスも聞いたことがある名だった。しかし両親は駆け落ち結婚で、資産を継げなかった。それでも両親はレベッカと病がちな弟に相応の教育を受けさせようとしたため、家計は常に苦しかったという。そこへ父ジェフリーの殉職が追い打ちをかけた。殉職手当だけでは暮らしていけないというのに、プライドが高い母親は実家に頼ろうとせず、過労で病に倒れた。それでレベッカはミドルスクールを辞め、働きながら勉強して、艦長に拾ってもらったそうだ。

「他にも仕事があるのにね。私にできるのは人を殺すことだけなんだよね」

「そんなこと言うなよ。俺やみんなを守ってくれてるじゃんか」

「守ってる、か」

 黒目がちな瞳がランスを捉えた。その時感じた微かな違和感は、足元が傾きはじめたことに気を取られたせいで、消え去ってしまった。

「急がないと、隊長に怒られるわ」

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