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どうすればアズサを救えたのだろう。
たぶん、こうやって何もできなくしてしまうのが最善手だということはわかる。艦長たちが散々考え抜いて選んだ方法だということも。
ランスが動けずにいる間に、艦長はレベッカとリアナとともに機械人形を止めることに成功したようだった。ランスは機械人形が崩れる音でようやく我に返り、三人のもとへ向かった。
「ランス、鮫は殺せたわけじゃない。そもそもあの湖、表面は凍っても中までは魔法が効かないみたいだ」
艦長はひどく冷静な声で言いながら、リアナの傷を診ていた。彼女の足元の雪はみるみるうちに赤く染まっていく。血が止まらないようで、顔色もどんどん悪くなっている。
「撃たれどころか悪かったわ。レオン、動けるうちに出してあげるから、この子たちを連れて外に出て。それがあなたの仕事でしょ」
しかし、艦長は止血しようとする手を止めない。
「あなたには聞かないといけないことがたくさんあるんだ。死んでもらっちゃ困る」
「無駄よ。見ればわかるでしょ。ねえ、私が死ぬ前に言っておくことがそれで本当にいいの?」
ランスは、少し離れたところで座り込んでいるレベッカに声を掛けた。
「傷は大丈夫なのか」
「動けないけど大丈夫よ。艦長が手当てしてくださったから」
「もしかして、囮になりに来てくれたんだな?」
「そうね、でもランスはもうちょっと人を疑ったほうがいいかもしれないわ」
ランスは無言でレベッカを背負った。
彼女は小さい声で「あのときは、ありがとう」と言った。
「ランスは平気なの? あの子がアズサだったんでしょ?」
ランスには、いま自分がどんな気持ちなのかを言葉に表す自信がなかったので、何も言えなかった。
それぞれが武器を持っていることもあるが、それにしてもレベッカは重かった。
「おっも……」
「鍛えてるの!」
思い切り頭を叩かれた。
「なあ、リアナさん、もう駄目なのかな」
『グレンはここにいる』と彼女は言った。それなら、また探しに来なくちゃいけない。そうするにはリアナがいなくちゃいけない。
「……わからない」
雪の上に艦長の外套を羽織らされて横たわっているリアナは、レベッカに微笑みかけた。
「あなたがこの場所で動けたのは、私がこうなる運命だったからなのかもしれない。私の番人の役目を託してもいいかしら。本当は娘に頼むはずだったんだけれど……間に合いそうにないわ」
レベッカはランスの肩から降りると、リアナの前で膝をついて涙をこぼした。
「リアナさん、諦めないで。ゼイラギエンには凄腕のお医者さんがいるんです! それに艦長もいるのにっ」
「ごめんなさいね。あなたはつらい思いをしていたのに、まだお願いをするなんて。あなたと娘は同い年くらいかしら。もし会うことがあったら、これを渡してくれる……」
彼女は薄緑色のシフォンの髪留めを解いてレベッカの手に握らせた。
それから、腕に巻いていた飾りつきの鎖を手渡した。
「これはあなたが。蒼き涙は、この、祭具のことじゃなくて、アドリアの……海の…… 」
彼女の身体は不自然な震えを見せはじめた。
「リアナさんっ」
レベッカは名前を呼び続けたが、彼女の意識は失われつつあった。
艦長はレベッカにリアナのレイピアを手渡した。
「楽にしてやってくれ。君にしか頼めない」
「で、でも、私なんにも、わからない」
「もしものときは首を刺すようにと言われていた。たぶん、それが番人を継ぐ方法なんだ」
しかしレベッカの手は震えていて、とても柄を握れそうになかった。
「銃にするかい? そのほうが苦しまずに逝けるかもしれない。君も慣れてるし」
艦長は自分の拳銃をレベッカに手渡した。
「そ、そ、そうしたらリアナさんの身体を汚してしまいます」
レベッカは泣きながら銃を握りしめた。
「大丈夫だ」
「ううっ……、ごめんなさい」
レベッカは何度も謝りながら引鉄を引いた。
リアナの身体は雪に溶けるように崩れ、血だらけの外套とドレスを残して跡形もなくなってしまった。
レベッカは銃を放りだして嘔吐しはじめた。ランスは背中を
「艦長、大丈夫なのかよ、これ。レベッカは死なないよな」
「僕も番人の継承は見たことがないんだ。大丈夫だと思うが」
「ゼイラギエンを早く外に出さないと、維持する魔力が足りなくなるってリアナさんが言ってた。レベッカ、やり方はわかる?」
レベッカは咳き込みながら首を横に振った。
「でも、中に連れて行って。リアナさんがたぶん助けてくれる」
ランスは急いでレベッカを背負い、ゼイラギエンの翼によじ登った。
ランスはレベッカを中に運んだあと、扉に手をかけて艦長に手を差し出した。
彼はリアナの遺した衣服と外套を肩に掛け、レイピアを腰に差していた。
ほんの一瞬、アズサの言葉が胸を刺した。
アズサと村のみんなを殺させたのは艦長たちだ。
だけど、彼を責めても誰一人生き返らない。彼が自分の意思でやったことでもない。仕事だからって何も感じずにやったはずがないことは、これまでの彼を見ていてわかっている。
だから、責めないでいようとランスは決めた。艦長が何も言わずにレベッカを守ったのも、きっと理由は同じだから。
そんな自分に、彼は救われるのだろうから。
そして、そうだとしたら自分は、ただの傍観者だったわけじゃないから。
「ありがとう」
艦長は酷く疲れ切った顔に、今まで見た中で一番下手くそな微笑みを浮かべて、ランスの手を握った。
二人が船内に乗り込むのとほぼ同時に視界が一気に明るくなり、雪と白い花の花弁が舞い散った。
ランスは窓から眼下を見下ろした。
視界が花弁で覆われ尽くすまで、雪に覆われていく少女の氷像をずっと見下ろしていた。
白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち すえもり @miyukisuemori
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