第26話 (傘)
(傘)
「ん?なかったのか?」
「…ん…もうないみたい…」
帰り。
雪葉が事務室に寄って…戻ってきたが、手ぶらだった。
事務室から傘を借りることができるということを一体この学校の何人が知っているのだろうか…と、土砂降りの中走り抜けていく生徒を見て思う。
「そうか…」
雨降り、彼女は傘を持っていない。このことが…この状況を鑑みるに、相合い傘イベントのルートであるということを理解した。
チラチラと俺の傘を見て、もじもじと恥ずかしそうに顔を赤く染める。
その瞬間、まるで超能力を得たのか、雪葉の心が読めた。
『走って帰ればいいかもしれないけど、悠人にわざわざ走らせるのもヘンだし、そしたら悠人と帰れなくなる。
傘に入れてって言うのは図々しすぎるし、相合い傘だしっ…恥ずかしぃ…///っ…それはそれで悪くないかも…』
真実を知っている神様がいたとしたら、7割は正解だと教えてくれるんじゃないだろうか。
兎に角、相合い傘イベントを避ける理由も度胸も気もない。
ただただこのイベントを攻略するのみ!
「雪葉、一緒に帰るぞ」
「っ…!」
「こっちよれよ、雨に濡れるだろ?」
傘を差し、顎でこっちに来るように示すと、雪葉は目をそらしたまま傘の下に入る。
ゆっくりと、雪葉の歩幅を見ながら歩く。周りの視線が一気に集まった。ビニール傘じゃないので、顔バレはしない。
つまり、明日学校にいっても誰にも殺されることはない。
今俺!すっげぇ相合い傘してマァァァッス!めっちゃ青春してるゼェェェッ!
例えばこう叫ぼう。きっと殺される。それぐらいに俺たちにトゲのこもった視線が集まっていた。正確にいうと、俺、に。
はぁ…1年前の今頃は、相合い傘をするカップルを憎んでたのに、俺も憎まれる側か…と、年を食ったような気分になった。
ポツリ、と雪葉が呟く。
「…すっごいイヤだけど…雨に濡れるよりはマシだし…折角の厚意だから一緒に入ってあげてるだけだから…ね…///」
我がツンデレ彼女はやはり可愛い…と、思った瞬間、後ろから叫び声が聞こえた。とってもとっても聞き覚えのある叫び声。
そして公衆の面前、こんなところでさけべるバカは俺の知る限り3人だ。
「クソガァァァッ!事務所にまだ傘は残ってんだからソレ使えよ馬鹿たれがぁぁぁっ!
相合い傘なんて非リアの俺からしたら相哀傘なんだよっ!この歩く公害めぇぇぇっ!」
「ザキヤマは煩いねぇ…そう思わない?クロスケ?」
「あぁ、オレも非常に同感でありつつもぉぉぉっ!やっぱ腹立ってきた!このクソリア充めぇぇぇっ!」
「…はぁ…バカだなぁ、2人とも」
真横でご丁寧に舌打ちをしながら、ビニール傘も差さずに走り抜けていったザキヤマとクロスケ。ちなみに叫べるバカの最後の一人は俺だ。
叫び声を聞いて、雪葉の足が止まる。
同時、俺の横を、フウヤがゆっくりと抜けていった。
「キーチェーンの種類で特定されるから気をつけた方がいいよ、悠人」
と、俺にだけ聞こえる声量で言いながら。
黙ってキーチェーンをポケットに全て押し込み、状況を整理する。
今通り抜けていった3人のうちザキヤマとクロスケは事務室で借りられる傘を持っていた。
クロスケもザキヤマも俺たちより後からでてきた。そして事務室にまだ傘が残っているという発言。そこから、少なくともザキヤマたちが借りに行くまでは傘が残っていたということ。
つまり、雪葉が借りに行ったときは確実に傘が残っていたということ。
真相に気がついた俺が雪葉を見ると、気まずそうな顔で数秒、くるりと体の向きを変えた。
「っ…借りてくるっ!…///」
「オイ待て馬鹿たれ」
逃げだそうとした雪葉のふにふにの二の腕を掴み、引っ張る。すると俺の胸にすっぽりと収まる。ジタバタする腕を押さえつけて数秒。
抵抗する気を無くした雪葉は、ぶーたれた。
「傘を借りに行くのに雨に濡れるバカがいるかよ。でもって、多分もう傘は残ってないだろうな~。あいつらが叫んでたのも俺は嘘だと思うな〜」
「っ…?」
俺のイミフな発言に反応した雪葉。だが理解はしていなさそうだ。雪葉の腕を掴んだまま続ける。
「傘が残ってないのに事務室に戻ったって無駄足になるから俺は戻りたくないな~。
ここまでの歩数が20で、往復40歩。2人合わせて2Kcalの消費だぜ?地球にエコじゃねぇことはしたくねぇな~」
「っ…!///」
高々2Kcalと言うのはやめて頂きたい。それではまるで、俺が雪葉と相合い傘をしたいからこんなことを言っている、って
「グォッ…いっつ…!」
瞬間、溝撃ちに肘打ちが入る。こみ上げた胃液を飲み込むと、腕を組んだ雪葉がこちらを睨み上げていた。
そんな雪葉が凜々しくて、文句を言おうとしていた口が塞がる。
「変態、肘打ちで済んでよかったと思って…。さっさと歩いてくれないと帰れない…///」
「っ…おう。分かった!」
「殴られてすぐそんな活気が出てくるって変態…?マゾヒスト?」
「そこまで言うな!」
歩き始めて数分、相合い傘って意外と窮屈じゃないんだな、と思って横を見ると…雪葉が半分ぐらい肩を傘から出して歩いていた。
雪葉のYシャツが透けていて、目の錯覚だろうが、見えちゃいけない紐まで見えた気がする。
「っ…たく…雪葉、肩でてるぞ」
雪葉に傘を傾ける…と、ビクリ、と身体を跳ねさせた。そしてカクカクと首を横に振る。
「…い…いい…」
傘の柄を俺側に押し戻して、再び離れる。雪葉のYシャツがさらに濡れていく。
意地を張って雪葉に傘の柄を傾ける。雪葉も対抗する。押し合うこと数秒、ハタと気付いた。
「…雪葉、じゃあ近づけよ」
そもそも、相合い傘なのに俺たちの間に半人分のスペースが出来ていることがオカシイのだ。
すると、うっ、と言葉に詰まったように視線を逸らす。
「…そ…それは…」
「恥ずかしいのか?」
「その…近いと…周りの目とか…」
周りの目、ねぇ…。相合い傘してんのに彼女が傘からはみ出てる方が目立つだろ。
あと…その、見えちゃいけない紐とかもさ…。
制服じゃなくてジャージで生活していたことに感謝すべきか…。
詰め襟の制服の上着は、首のホックが胡散臭くて嫌いだから使ってない。代わりにゆるゆるのジャージを着て生活している。
そのジャージ、腰に巻いていたモノを解き、雪葉の肩に被せた。
「傘からはみ出てる方が目立つんだよ」
「え…こ、これ…」
「別に濡れてもいい。あと…下着が透けてるんだ。他の奴に見られたくねぇから…」
「…っ!へ…変態っ!」
「黙れ、そのまま着とけ…」
「っ…」
そして駅に着き、電車に乗る。
私はこっそり悠人のジャージに鼻を当てた。すんすん…いい匂いだ…。
横に立つ悠人の気配を感じつつ、窓の外の雨を見る。
…イヤ別にっ…雨がこのまま降り続けてくれたら、とか、考えてる訳がない!そんな訳ないっ!
脳内で叫ぶこと数分、家の最寄り駅についた。
改札を出てすぐ、悠人が私の横で傘を差す。その同時…。
「ねぇアンタ…折りたたみを2本常時する気遣いには感謝するけど相合い傘って選択肢なかったの?」
「え?今の2人みたいな?う~ん…非合理的じゃない?
相合い傘してやるよりも傘を2本常備して彼女に貸す方が優しいでしょ」
「バカっ!あの女の子のリュックの中、折りたたみ傘入ってたんだよ?乙女はそういうシュチュエーションを求めるモノなの!」
「う~む~…理解出来んな。接近を求めるなら普通に近づけばいいだろ?」
キャッキャと騒ぎながら通り過ぎていくカップル。雪葉を見る…そのバッグをチラッと覗き見すると、折りたたみ傘の柄が一瞬見えた。
「…」
「…///」
気まずい空気が流れるまま、いつもの交差点につく。その間、交わした言葉はない。
「えと…なんていうか…家まで送るよ…」
「…」
無言の雪葉は信号だけを睨み、なにも返さない。そして青色に信号が変わる。
その瞬間、雪葉が傘から飛び出して、こちらを振り向きながら小さな折りたたみ傘を差した。
そしてニカリ、と大きく笑う。
「相合い傘、ドキドキした?じゃあねっ、悠人!」
そしてくるりと身体の向きを変え、走り出した。その背中を追う気にはなれなかった。
だって…。
ぽたり、と手に垂れた赤く生暖かい液体を見る。次の瞬間、滝のように流れだしたのは鼻血だった。
いつもは横断歩道を渡りきってから振り返るけど、今日はそんなことをする余裕はなかった。
中学時代、ハナちゃんに連れられて演劇関係をやってよかったと、久しぶりに感謝する。マインドコントロールのスキルを得てよかった、と。
でも、ホントはドキドキしっぱなしで…血流の音がさっきから響いて煩すぎる。
胸を押さえて、片手を膝につくと、ふと気がついた。
「悠人のジャージ…着たまま…?」
【おまけ】
「全く…相合い傘を見てあんなに騒ぐないでくれよ…」
「うるせぇフウヤ!オレ達の気持ちが分からんのか!」
「クロスケの言うとおり!お前には悔しさという感情がないのか!」
泣き腫らした顔でそう叫ぶ2人。そして僕等の横を通り過ぎた相合い傘のカップルを睨み、再び泣き出した。
ガキだなぁ…と、そう思う。
ふと気がつけば、手が痛みを訴えていた。その手を開くと、手の平に爪痕が強く残っていた。
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