第40話 (フォーク・ソース)


 (フォーク・ソース)


 例えば、彼女の口にソースがついていたりしよう。

 君ならどうする?ソースついてるよ、って教えてやる?それともすぐに拭ってやる?

 あぁ、そもそも君たちには彼女がいないのかな?笑

 それなら話しても無駄か、というか劣等感を抱かせてしまうよね、ごめんごめん。嗤


 昔、こんな彼女自慢のブログを見た。破局しろ、とサンタさんに願ったあのクリスマスの夜は忘れない。

 あと最後のがもう嘲笑を隠さずになってるのも腹が立つ。

 …と、そんな頃もあった…が。


「悠人…?」

「ん?あ、いやなんでもないよ。うまそーだな~って」

「っ…あげないから…」


 自分の皿を守るように皿の上で腕の輪っかを作る。

 カルボナーラのソースが口についているので、かわいさ100点の満点に5割増しで150点だ。

 ここは海の家。水着の上から着るようなシャツを買わないと入店させてもらえないので、席料500円を取られるという一見悪徳商法。

 まぁ、イスを汚されないための工夫だろうが。


 そんな訳でアロハシャツを着た雪葉。感想は言うまでもない、雪葉の雰囲気が若干お茶目になって、いつもとのギャップで可愛い。

 ん?結局可愛いだって?チッチッチ…可愛いは1つじゃないんだよ。


 今呟いた自分の台詞がなにか聞き覚えのある言葉だと思えば、先の彼女自慢のブログの一言だった。


「…その…別に対価をくれるならあげなくもないけど……別に私はどっちでもいいし…」


 俺のたらこパスタに少し物欲しそうな視線を送る。そして店員さんが気を利かせて持ってきてくれていた取り皿を見た。


「ん~そうだな~。じゃあ一口交換しようぜ?レモン掛けちゃったけどいいか?」

「…ん…。じゃあ私がやるからお皿貸して」


 結構ホントな話、私は間接キスを望んでいる訳ではない。

 カルボナーラが美味しかったからたらこパスタも気になっただけだ。ただ、一口頂戴、と言うのは癪だし…あともうひとつ、問題点がある。

 それを回避するための今の言葉だ。


 悠人が使ってるフォークで私の取り皿に盛られたら、もしくは私のカルボナーラを悠人のフォークで取られたら…。


 それはまさしく、間接キスになってしまうのだ!

 イヤではないが…むしろやってみたい気ではあるが、恥ずかしすぎて死ぬ。あと幸せすぎて…っ!違う!

 そんな私は悠人との間接キスなんて全然求めてないっ!


「…はい…」

「おう、サンキュ」


 間接キスを気にしているのか、全部雪葉がやってくれた。

 GW明け辺りから週3回ぐらいで弁当のおかずを交換していたハズだ。

 つまりこの手の間接キスはとうに経験済み…と思っていたがもしかして気付いてない?てかそもそもほっぺにだけどキスしたけど!?


 それとこれとは別腹なのか…?それとも…無かったことにされてるか?それだったらちょっと悲しい、結構勇気を出したのだから。

 脳内でいろいろあったのか、雪葉の顔がほんのりと赤くなっている。それを見つつ、俺はカルボナーラにフォークを刺した。


「じゃ、いただきま~す…んっ、うめぇな!」


 今のシーンを録画してもう一度見たい。そんな私の願いが叶ったのか、目の前の光景が数秒前に巻き戻った。


「じゃ、いただきま~す…」


 悠人が私のカルボナーラにフォークを刺す。瞬間、気がついた。

 あのカルボナーラは私のフォークで取り寄せたもの!つまり私の成分が少なからずあそこには混じっていると言うこと!

 それが今、悠人のフォークで巻かれて、持ち上げられる。


 持ち上がる…そして…悠人の口に…。


 待って!?入ったらコレって間接キスどころの騒ぎじゃない!?粘膜接触ではなくて唾液という付着物を口に入れるのだから…っ!

 確かコレはっ…でぃ…でぃーぷきす!?


 私の叫び声と共に、悠人の口に吸い込まれていった。


「…んっ、うめぇな!…ん~…ソースがなめらかで…?雪葉?」


 雪葉がフォークをガチガチと噛んで、顔を真っ赤にした状態で固まっていた。多分今は向こう異世界に精神がイッちゃってる。

 あ…そう言えば確かにコレも雪葉から俺への一方的な間接キスではあるよな。もしかして気付いてなかったのか?

 ぷるぷると震える雪葉…俺はフォークを置いて、頬杖をついた。

 見つめること一分ぐらいだろうか、こちら現実世界に戻ってきた。

 一見すると正常だが、俺がじーっと見つめていることにも気がついてないから、まだ脳内はアセアセしてるんだろう。


「え…あ…美味しかった?そ、それならよかった。わ、私も頂きますっ…」


 たらこパスタにフォークを刺して巻く。持ち上げる。食べる。レモンの酸っぱさが口に広がって…爽やかな味が…。

 視界の端に、絞り尽くされたレモンが見えた。


 …レモンは後付け、私は悠人がまだ食べていない所からパスタを取ったはず…。

 …っ!さっき悠人がレモンを掛けて混ぜていたのを思い出した。

 つまり、このパスタは悠人が触ったもの。つまり…!


「どうだ?美味しいか?」


 意識が…落ちた。


「ゆうと、コレって間接でぃーぷきすだね、ハジメテ、もらっちゃった~。恥ずかしい?」

「!?お……、おいおい、ツンデレの方はどんだけ純情なんだ?この手の間接キスはGW開けのおかず交換でしてただろ?」

「…?…あっ…///っ!」


 真っ赤になった雪葉が口元を押さえる。

 正直なところどんな雪葉も好きだが、どうしても雪葉を彼女としての雪葉として接することが出来ない。

 中途半端に、オンナノコとして見てしまう。

 そのせいで…。


「っ…か、可愛いじゃねぇかよ…そんな顔するのかよ…」


 俺まで恥ずかしくなって、視線を逸らす。そう言えば、夏祭りの時にデレデレ雪葉が言ってた気がする。

 からかってるフリで恥ずかしいのを隠しているだけだって…。


 兎も角、俺の今の言葉がトリガーとなったのか、顔を上げたときには雪葉は、頬杖ついてこちらを見つめていた。


「えへへ…可愛いって言われちゃった…えへへ…」

「…移り変わり早くね?デレデレ雪葉?」

「だって…ゆーとと今まであんなに間接キスしてたんだって思い出して一気に恥ずかしくなったんだもん…」

「おい、勝手に俺のパスタを食うな。俺も食うぞ」

「いいよ…交換こ、だよ?」

「お…おぅ……」


 正直、俺はこのデレデレ雪葉に弱い。いつもツンなのに急に素直になるから、ギャップでこちらが恥ずかしくなってくる。

 カルボナーラをこちらに押し出してきた雪葉。ふと思い出して見てみると、相変わらずソースがついていた。

 多分、コレは神様がくれた俺へのチャンスだ。このデレデレ雪葉を恥ずかしがらせまくる最終手段だ。


「ソース、ついてるぞ」


 テーブルの端においてある紙ナプキンを取り、身を乗り出す。

 決め台詞、決めポーズ、決めシーン。その全てを俺は今まで、成し遂げた事が無かった。全てを邪魔され続けていた。

 でも今回こそは…。


 雪葉の柔らかい頬に手を当てる。ドキッとする。けど…ここで拭ければ、チェックメイトだ…。

 雪葉は真っ赤な顔をする。デレデレ雪葉も俺の格好良さに恥ずかしがるハズだ。


「ん…拭いて」


 なのに…雪葉は目を閉じて口を俺に突き出した。


「え…?」

「拭いて…」

「あ…おう…」


 敗北感、それを感じる間もなく、雪葉の頬を拭き終えて腰を下ろす。すると今度は雪葉が身を乗り出して俺の手の紙ナプキンを奪った。


「ゆーと、ソースついてる」


 頬に、雪葉のヒンヤリとした柔らかい手を感じる。ざらざらな紙ナプキンが俺の口元を撫でた。

 その瞬間、悟る。

 俺はコイツデレデレ雪葉に勝てない。と。


「ふふっ、ひとのふりみて、わがふりなおせっ…」


 そう言って私はニコッと笑う。これで…チェックメイトだ。




Ps:お星様、ハート、宜しくお願いします!

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