第41話 (アイス・浮き輪)


 

 (アイス・浮き輪)


「ん〜…」

「どうした?」


 アイスクリームを買おうという話になった。雪葉デレがメニュー表をにらみ、顔を渋らせる。

 どうやら抹茶とキャラメルで悩んでいるようだ。


「アイス…どうしよ…」

「よし、じゃあシェアしようぜ」


 ツン雪葉なら絶対に間接キスを気にしてできなかったけど、デレ雪なら多分できる。

 少々、デレ雪葉でも恥ずかしがって悪態をつくかと怯えつつ聞いた。

 …が、杞憂に終わったようで、雪葉は目を少し丸くしていた。


「えっ……いいの?」

「あぁ、全くもって俺は大丈夫だけど、雪葉は?」

「私は全然大丈夫……むしろやりたいぐらい…」

「っ……お、俺買っとくから先戻ってて」

「んっ…ありがと、ゆーとっ♡」


 去っていくポニーテールを見つつお金を払うと、気怠げに店員さんが準備を始めた。

 むしろやりたいってなんだよ…むしろって…。




「…あ…」

「いや私あの…」

「いいじゃんかよ〜!」

「…」


 ナンパ現場…で、ありながらもココ大事ナンパされてるのは雪葉じゃなくて、胸の大きい女の人。

 世の中は不条理だ、と雪葉の考えてることが読めた。


 ふと、そのナンパ現場の奥からこちらをみる雪葉と目があう。そして、困った顔をしたその女の人とも目があった…気がした。

 これは、助けるべきか。雪葉がすねるかもだけど…。

 彼氏のふりをする、というのはテンプレートだし、これまたナンパの手口な気もするが…一歩を踏み出す。口を開く。


「おまた…」


 瞬間、誰かが軽い声とともに俺の横を通り過ぎた。


「お待たせ〜行こうぜ」

「あ、待ってた〜!マンゴーっ!」

「あぁ、マンゴー好きだろ?」


 そして彼女にアイスを渡して、二人はまるでナンパ師なんてもとからいないかのように通り過ぎて行った。


 呆気に取られるナンパ師と目があう。別に戦って訳でもないし俺に関係はないけど、勝利した気がしたので笑みを浮かべた。

 ナンパ師は俺を睨んで去った。その奥に雪葉が残る。

 …少しふてくされてそっぽを向いた雪葉が。


「お待たせ〜、雪葉。食べようぜ」

「…今助けようとしたでしょ…?」

「あ…おう…」

「…嫉妬するからあまり気軽にあんなこと彼氏のフリしようとしないで……。いくらなんでも怒る……」

「っ…わ、わかった…。ごめん」

「ん…溶けるから早く食べよ…」

「おう…」


 ストレートな雪葉の物言いにドキッとした。


 パラソルまで戻る…その間、雪葉が自分を見下ろして、胸の前で『無い胸』を揉む。空気を揉む。

 そして『無い胸』を揉んだ感触が無いことを不可解に思うように首をかしげ、指を一本ずつ動かす。


 …卑猥には見えない、どころかなんか可愛い。そう思ってると、雪葉がこちらをみた。

 つい雪葉に見とれていたせいで、目があう。

 腕を下げて、少し自分の行いを恥じるよに顔を赤くして、口を開いた。


「…ゆーとは胸…あった方がいい…?」

「…ど直球だな……。普段の雪葉からは考えられねぇ……。

 まぁあるに越したことはないんじゃないか?」

「っ…。がんば…」

「っていうのは付き合う前の話で、大きさとかあんまどーでもよくなったかな?

 俺は雪葉自身が好きだからさ。大きさ関係なしに雪葉のが好きになるんじゃねぇの?」


 言ってから気づく、なんかかっこいい決め台詞じゃなかった?あれ?今のキメ台詞だったよな?

 くっ…もっとかっこよく言えばよかった……。


 胸の話題でキメ台詞を吐こうとするのは些か、いやかなり変態的である。

 逆にキマっていたらドン引きされてた、と気づくのはあとの話だ。


「…っ」


 反応が無い、と思えば人差し指の第二関節を噛んで顔を赤らめていた。悩ましげに眉を寄せてぎゅっと目をつむったあと、ちらっとこちらを見て、目をそらす。


 パラソルの下について、砂の上に座る。

 そしてアイスを渡す瞬間、雪葉がソレを受け取る瞬間、雪葉がこちらを見て破顔した。


「ありがと、私も…」


 そして耳に口を寄せ、ささやく。


「ゆーとのこと、だ、い……。……じに思ってるから」

「っ!いやそこは大好きだろ!」

「…言ったら価値が薄まるから…。あとこれも…」


 顔を話して、雪葉は子供のように大きく口を動かした。


「アイ、ラブ…ユー……の直訳だから…///」


 LOVEの動詞の中心義は確かに『大事に思っている』だけれども、どの翻訳ソフトで I LOVE YOU と調べても『私はあなたを愛している』としか出てこないんだぜ。

 といえばどんな顔をするだろうか。返り討ちにあうかもしれない。

 それを考えるといずれにせよ、ただいま高血圧警報発令中の心臓にこれ以上負荷をかけるのは得策ではないと判断した。




 浮き輪の穴にヒップを落とし込み、空を眺める少女。例えばそれが自分の彼女だったとしよう。

 優越感が弾けることこの上ない。これが俺の彼女だなんて最高だ。


「…なんか変なこと考えてる…?」

「いや、なんにも?」


 勘の鋭いこの彼女は、スイカのボールを抱え、彼女の隣を泳ぐ俺を見下ろして、疑わしげに俺を睨んだ。

 大きな波が来て、体が浮く。雪葉と離れないようにするため、本能的に雪葉に手を伸ばす。それは雪葉も同じだったようで、手を互いに伸ばしかけた状態で目が合った。


「っ…!」

「……」


 なんか恥ずかしくなって目をそらすと、雪葉も顔を染めてそっぽを向いた。

 気まずい空気が流れた。耐えきれず、口を開く。


「雪葉器用だな…」

「何が…?」

「いや、浮き輪に乗ってるの」


 雪葉はなんてことなしに浮き輪に乗っているが、意外とバランスを取るのが難しいのだ。いまの大波で転覆しててもおかしくないのに、雪葉は平然としている。


「そう…?普通だと思うけど…」

「…そうか。あ、あのさ…」


 雪葉のその口ぶりには慣れを感じる。つまり浮き輪経験が長いということ。そして今日、雪葉は一度も泳いでない。

 雪葉カナヅチ説が誕生した。


 って違うんだよ俺!

 先ほどから何度このツッコミを入れたのかもうわからない。


「…なに…?」

「えと…その…」


 今日一日中、俺はこれを言おうと思ってて…でも、言えないでいた。理由は…恥ずかしいから。

 なんとなく周りを見渡して、こちらを見てる人がいないことを確認してから勇気を振り絞って口を開いた。


「…その…今日のために水着…選んでくれてありがとな……にあっ…」

「っ…!べ、別に今日のためじゃないっ……ってなんでしってるの!?ま、まさかストーカーとかっ…!」


 せっかく水着…というか水着をきた雪葉を褒めようと思ってたのに、その言葉を遮られる。


「ちげぇよ!ゴーグル買いにショッピングモールいたらたまたまハナサキと一緒に女性用の水着の店に入ってくのが見えたんだよっ!」

「み、見るなんて変態っ…。

 わ、私だって悠人みたいにゴーグル買いにいっただけかもしれないのにっ!水着買ったって知ってるってことはずっと一部始終見てたんでしょっ…!」


 あ、もう水着をこの海水浴のために買ったことは認めるんだ。

 なんか嬉しい…けど、冤罪をかけられてるから否定しなければいけない。


「いや俺はわるくねぇよ無実だよ!…その…なんだ…?

 彼女が友達連れて水着の店入ってって…水着買うのかな〜って思うだろ!?

 でもって…なんか俺と海水浴行くからかな〜と思って嬉しくなってみるだろ?そしたらやっぱり水着触ってなんか話してて…なんか嬉しくて一部始終見ちゃうだろ!?」

「っ!有罪!冤罪でも無罪でもなくてストーカー規制法でアウトっ!…ばか……」


 多分有罪ではないけどな、とは口にしない。


「……その…じゃあ…この水着…試着したところも見たってこと…?見せるなら…ビーチが良かったな…///」


 肩にかかる紐を持ち上げて、自分の水着を見下ろす雪葉。

 つつましい胸がちらりと見えてどきりとする…と、見ているのがバレたのか、俺を殺す勢いで強く睨んだ。


「いや…どんな水着かは見なかったけど…その…。いや、なんか断罪されて言う気なくした」

「え…?悠人?」


 備考:俺が拗ねることはめちゃめちゃ稀。

 雪葉が目をまん丸にして驚くのも当然だ…が、別に俺は拗ねてない。

 俺の言葉を引き出そうとして努力する雪葉が見たいだけだ。


「えと…その…ごめん…。私、恥ずかしくなって…悠人傷つけた…。ごめ…」

「似合ってる」

「えっ……っ」


 本気で反省し始めた雪葉に罪悪感が湧いた、というのが正統派ラブコメの神的な人格者である主人公なんだろうが…あいにく俺は変態で性根が変に曲がった男だ。

 さっきまで恥ずかしくてなかなか言えなかったのに、いますぐにでも言いたくなっただけだ。だから雪葉の謝罪を遮って口を開く。

 『似合ってる、可愛い』と。


「似合ってるぜ、雪葉。可愛いよ」


 そして俺は雪葉の手をとり、雪葉の手の甲に軽く唇を当てた。少し海の味がする。

 そして俺は雪葉を見上げてウィンクを…っ!


「うぼっ!がっ…」


 同時、転覆した、というのは理解した。

 スイカから手を滑らしてしまい、だんだんと海に沈んでいく体。落ち着け…大丈夫、もがくな。


 腕を何かにつかまれる。そのまま引っ張りあげられる…と、いつの間にかうつ伏せで浮き輪に乗っかる雪葉が、俺の腕を持ち上げて笑みを浮かべていた。

 反対側の手にはスイカのボールがある。


「危ないからちゃんとつかまってて…?ドジ……」


 俺の前にスイカを滑らせて、そう言った雪葉は、余裕ぶった顔つきでにしし、と笑った。






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