第42話 (バス・プロポーズ)


 (バス・プロポーズ)


「いやぁ。眠みぃ……」

「私も…」


 帰りのバス…座席に座ったと同時に疲労がどっと吹き出る。となりの雪葉もリップクリームを塗りつつ、背もたれに体を預けていた。

 まぶたが瞬時に重くなり…意識が落ちていっ…。


「…悠人…起きてる…?」

「…」


 返ってくるのはスースー…と言う寝息だけ。もう寝ちゃったのか…って悲しくなってなんかない。そういうわけでは……ない、はずだ。

 別にまどろみながらなんかいい感じのムードでおしゃべりしたかったとかそう言うのじゃないけどっ…。

 …もうちょっと、眠いの我慢してほしかったな…なんて思ってたりもする。


「ばか……」


 体が疲れを訴えているのに、目がはっきりと覚めてしまった。

 今日あったことを思い出す。

 …行きのバスで肩枕したな…あと…悠人にクリーム塗って…水着かわいいって褒めてもらえたし…えへへ…。

 浮き輪膨らませるの手伝ってくれたし…お昼はちょっと間接キスとか……イロイロあったけどでも楽しかったし…。


 別に誰も私のことを見てないのに、顔を手で押さえてしまう。たぶん私いま真っ赤だ…。


「…ありがと…」


 伝えたい相手は寝てるけど、というのは内心のつぶやきに押さえておく。寝てるけど伝わってくれればいいな、なんて思ってしまうのは少女漫画の読み過ぎだろうか。


 そして、ふと、少女漫画とつぶやいたことで頭の中に絵が浮かぶ。それは…。


「膝枕…」


 …いや別に私は変態さんじゃない。膝枕、というものに憧れる女子はきっとこの世の中に私含めて10人ぐらいはいるはずだ。

 だから私は別にはしたなくないっ…。


「…こ、コレは悠人が勝手に転がってきただけだから……」


 一体私は誰に向かって言い訳をしているのだろうか。誰かにだ。

 悠人の頭に手を伸ばし、こちら側に悠人を引き倒す。

 そしてストン、と落ちてきた悠人の頭。少し湿った髪の毛が私の太ももをくすぐる。

 小さく寝返りを打って再び寝息を立て始める。


 起きやしないか、もしかしてすでに起きてたりするのか、悠人が起きたときにどうやって言い訳しようか、知り合いが見てないだろうか、そんな不安。

 悠人が私の膝で寝てるっ!…すごいっ、感動的!でも恥ずかしいっ…。不安とは一転してバカ丸出しの興奮。

 二つが綿密に…ってほどでもなく、交互に出てきて私の心臓を酷使する。


「…っ…?」


 オレンジ色の光に目を細める。窓の外を眺めると、大きな夕焼けが見えた。水平線に沈んでいくきれいな夕日。

 悠人を見下ろし、少し恨めしくなる。

 このきれいな夕日を共有したかった。きれいだねって言い合うだけでいいからしたかった。

 それで…きれいだねって言葉が私に向けられたのか夕日に向けられたのかわからないまま…っ!

 バカッ!なに少女漫画のシーンのリピートしようと思ってるのっ!?


 脳内で叫んでるだけなのに息切れした。


「っ…はぁはぁはぁ……」


 悠人ってかっこよすぎてずるい。

 またバカなことをつぶやいた頭は、邪なことを思いつく。

 夏祭りのお別れの時の最後のキス…あれをなかったことにされて癪に思った、あの感情が浮かび上がってくる。


「…悠人が悪いだけ、悠人が"なかったこと"にするから、私が"あったこと"にしなきゃいけないだけ…」


 一体どこに、あのキスを"あったこと"にする必要があるのか、なんて横槍をいれようもんなら殺す。

 バカな私は誰にかもわからない殺人予告をして…クーラーが効きすぎて涼しいを通り越して寒いのに…額に掻いた汗を拭い、髪を掻き上げる。


 悠人の顔に、顔を近づけて…ふと思いついて体をあげる。

 瞬間最大心拍数は3/1secondを超えるんじゃないかってぐらいにもうドキドキしていた。


 髪を掻き上げ直し、まず悠人の耳に口を近づける。

 これを言おうとするだけで気絶してが変わりそうだったが、せめてからのファーストキスぐらいはさせてくれ、と叫ぶ。


「…すき…」


 言い終わるのも待てずが変わろうとするから、すぐには悠人の頬に唇を…落とした…気がする…。そこから記憶はない。



「なんで雪葉がまた変わってるんだ?」


 バスから降りたとき気づいた。ツンデレ雪葉がからかい雪葉に変わっている。

 寝てる間にプロポーズとかしたか?最近プロポーズに考えてる台詞聞かれたりしたか?

 雪が溶けてちらっと葉っぱが見える感じのツンデレが…(略


「さぁ?なんでだと思う?」

「……俺が寝てる間に俺とキスしたとか?なわけねぇか。えっと〜夕飯はこのビルのレストランで……?雪葉?」


 バスターミナルの上のビルのショッピングモール的なところ。その地図に近づきながらしゃべっていると、雪葉が隣から消えていた。

 振り返る。足を止めて固まっていた。


 真っ赤な顔でうつむいて、チラリと俺を見上げて再び顔を下げる。

 まさかぁ…図星ってわけじゃないよな?確かめるために自分の唇を触ってみた。

 ……うん、感触じゃキスされたかわからん。


「っ…ばれちゃった~…そ、ゆうとにキスしたのっ、わかっちゃった?」

「…まさかほんとにキスしたとかじゃないよな…?」

「さ、さぁ~?ど、どうだろうね~…」


 肩をすくめた雪葉を細目で睨むが、真相はわからない。

 からかいモードなだけあって、図星なのかもわからなかった。


 話をそらそうと、雪葉がビルのマップの寿司屋を指差す。


「あ、このお寿司屋さんいこっ……?」


 じー……。


「ゆ、ゆうと…?まさかほんとにキスしたと思ってドキドキしてるの…?」

「…」


 じー…。


 黙って雪葉を見つめる。と、顔を赤く染めて、後じさりして、もじもじとした。

 そして目を泳がせて口を開く。


「…キ、キスシタノハ…ホ、ホントデス…」

「…」


 片言の雪葉がしどろもどろに告白する。


「ゆ、悠人が夏祭りのっ…なかったことにしたから…癪で…やりました…」

「…そうか、別に俺としてはどっちゃでもいいんだけどな。いくぞ、寿司屋に」


 例えば、彼女が俺の寝てる間にキスしてきたとする。

 それを恥ずかしげに告白したとする。

 めちゃくちゃドキドキした。だから多分あかいであろう顔を隠すため、雪葉の手首をつかみ、引き寄せる。


 どうするのが正解か。そんな答え、決まってた。


 雪葉の頬にもう片手を当て、触れるか触れないかぐらいに唇を寄せる。


「っ…!~っ!?」


 混乱する雪葉をエレベーターに引っ張る。頬に触れていた手が勝手に顔を隠した。


 俺だって…俺だって恥ずかしいし、めっちゃドキドキしてるんだよっ!なんでこんなにかわいいんだよ雪葉!かわいい雪葉が悪いんだぞ!


 誰にでもない叫びをエレベーターの窓に映る自分にぶちまけた。


「しかえし……だから……」


 後ろから、耳に感じた柔らかい感触は二度と忘れない。

 恥ずかしさでどうにかなりそうな頭がつぶやいたのは一言。


 雪葉ってタガが外れたらキス魔になりそう……。





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