第0章 妄想家な彼女

第0話 (恋ひ恋ひて あへる時だに 愛しき 言つくしてよ 長くと思はば)


(恋ひ恋ひて あへる時だに愛しき 言つくしてよ 長くと思はば)





 夏休みの暇な1日。超能力を得た。鮮明に妄想する能力だ。

 いまからそれを使って、妄想をしようと思う。

 悠人からもらったクマさんを抱えてベットに寝転がり、目を閉じる——と、すぐに浮かんできた。


『雪葉、俺と付き合え』


 屋上階段の踊り場、顔の横の壁に腕を突かれ、ドキリとする。悠人の顔が目の前に迫っていた。

 壁ドンだ、壁ドンだぁっ!壁ドンされてる……えへへ……。

 そして悠人がコツンと額を合わせる。ドキドキした。


『いやなら抵抗しろよ?』


 そんなこと言われて、抵抗するわけない。

 そして悠人の唇が迫って……。当たる瞬間、悠人が言ってくれた。


『好きだ、雪葉』


「きゃぁぁぁっ——!きゃっ、きゃっ!」


 恥ずかしさで身悶えする。妄想の中でしかキスはしていないのに、唇には生々しすぎる感触が残っていた。

 クマさんを振り回して恥ずかしさを堪える。落ち着いてきた頃、たった3分の妄想を始めてから10分も経っていた。つまり7分は興奮状態。自分でも引いた。

 もう一回、妄想する——


『雪葉、月が綺麗だな』


 満月、縁側で悠人と並んで座る。どっちも浴衣をきていて……温泉旅行の途中という設定にしよう。

 私はうなづいて同意する。そして悠人にピトリと体を寄せてその肩に頭を預ける。

 虫の鳴き声が、息遣いが、心臓の高鳴りが、耳を支配する。


『それ以上に雪葉もだけどな?』


 多分実際の何倍増しかでかっこよくなった悠人の声が鼓膜を震わせる。悠人と腕を絡めあい、手を重ねて空を見上げる。

 はぁはぁはぁはぁ……すごい……悠人のこと、好き。

 悠人にもたれかかり、そのまま顔を寄せる……そして当たる——寸前。


 スマホが振動した。すぐにわかる。悠人のメールのテンポだ。

 お出かけのお誘いかと期待9割、妄想を邪魔されて不満1割でメールを開く……と。

『ついいま夢で雪葉が出てきて温泉旅行の帰りにキスした』


「ばかっ!ばかばか!」


 なんで同じ夢を見ていたのかとか、そんなことは思いつかない。

 私がロマンチズムなのは悠人がロマンチックなことをしないからだ。全然カッコよくないしキメ台詞も決まらないしダサいし。

 なんの言い訳か、誰への言い訳か、そんなもの知るか。

 電源を切りかけて……止まる。まだ続きがあったようだ。空白の改行の下、スクロールすると出てきたのは…。


『月が綺麗ですね。それ以上に雪葉もだけどな?』

 

 今日は新月で……今は朝の10時だった。

 全然ロマンチックじゃない。






「実力試験かぁ…」


 別に実力試験の成績は気にしてない。それよりも試験のがイヤなのは…。


「雪ちゃんさ、悠人と席が離れるのがイヤなの?」

「…っ、ち、ちがっ…ちがうから…」


 違う、そういうわけじゃない。試験の時は出席番号順に座るから、そのせいで悠人と席が離れてしまう、それがイヤな訳じゃない。

 そう、そんな訳がない。

 …数秒の沈黙のあと。ぽつりとユユちゃんがつぶやいた。


「…ハナちゃん、だから私やめといたら?って言ったのに…。さすがに試験前にからかうのはかわいそうだよ」

「だってホントだと思わなかったんだし!仕方ないじゃん!」


 …口論を始めた二人を追い払って、机に寝そべる…フリをして悠人の方を見た。みんなグループを作っておしゃべりしながら最後の勉強をしている。

 けど悠人は一人でプリントを握りしめて睨んでいた。


「クッァァァアアッ!」


 奇声を上げて机に頭をぶつけ出す。とうとう気が狂ったか、とハナちゃんがつぶやいた。

 …さすがに否定できない。正直、心配より恐怖の方を先に感じた。

 苦しみを理解してあげられなくて申し訳なくなって、ごめん悠人、と心の中でつぶやいた。


「第二次世界大戦で日本が負け始め——」

「サイパン島!北マリアナ諸島アメリカ合衆国自治領

 所在海域 ミクロネシア

 座標 北緯15度10分51秒,東経145度45分21秒座標

 面積 115.39km² 最高標高 473m!」

「正解!やっぱりすごいなぁ〜」

「でしょ?えへへ〜」

「……」


 このクラスのもう一組のカップルは問題を出し合って勉強していた。それを見て、うらやましく思う。

 別にそれをいいな…って思うぐらいの事に罪はないはずだ。


「いいなぁ……っ!この減らずくちっ…」


 だが…口に漏れるのは罪だ。

 慌てて口を押さえた。ふと思う、自分に減らず口なんて言う人がこの世にどれぐらいいるんだろうか?と。

 あほくさいコトを考えていると、静かだった悠人が突然立ち上がって叫びだした。


「マッサーカーッ!マッカーサーじゃなくてマッサーカーッ!覚えろ?

 まさかマッサーカーの名前をマッカーサーなんて間違える分けないよな?うん、これで完璧だぁぁぁっ!」

「…」


 あのテンションにはついて行けない、と悟った。去年もそうだったけど…悠人の試験前のテンションはオカシイ。


 目の下にはクマができていて、目は充血している。

 顔は常に引きつり、そのせいで薄く開く口からはイヒヒヒッと奇妙な声をだす。

 突然狂ったように叫んで踊り出す、自傷行為を始める。

 この学校の名物と言ってもよかった。


 一番そういうことをしそうなザキヤマ君は…なんと彼の周りには人だかりができていて、ザキヤマ君に質問しようとする生徒であふれかえっていた。彼は問題の予想はどの教科であってもたいてい外さない。

 フウヤ君にもそれなりに人だかりができている。まぁフウヤ君はモテモテだし頭がいいからだろうけど。

 残るクロスケ君は…遅刻魔だ、まだ学校に来ていない。


「はぁ…」


 マッカーサーが正解なのに、マッサーカーと間違った方を覚えてる悠人を眺めていると、ため息が出た。

 ……いちゃいちゃしたい……。


 そんな言葉とともに……。






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