体育祭に燃ゆる彼女

第43話 (教科書・クレープ)


 (教科書・クレープ)


『これより第36回、青京学院体育祭を始めます』

「「うぉぉぉおおっ!」」


 いや、リハーサルだから、これ開会式のリハだから。なんでそんなに盛り上がってるの?

 そんな疑念を共有したくて雪葉を振り返ると、俺と同じように首をかしげていた。

 目が合う…と雪葉は首をかしげて周りを見渡しこめかみを人差し指でたたく。そしてくるくると回し、ぱぁ、と手を開いた。

 えげつないことをかわいい顔とかわいいジェスチャーで言うなぁ、でも体育着可愛いし許す。

 同意として頷くと、うれしそうにはにかんだ。仕草が可愛いから許す。




「んん……ふぁぁ……はぁ……」


 下校。あくびをかみ殺そうとして、漏れて、ため息をはく。

 体育祭の練習が終わり、疲労が溜まっているんだろう。


「眠そうだな」

「ん、悠人は眠くないの……?あんなに走らされて……」

「俺も眠いけど雪葉を守らなきゃなんねぇだろ?」

「……ちょっとへんなこと言わないで……へんになる」


 顔を赤らめて目をそらした。照れてる。


 体育祭熱が異様に高いこの学校、放課後練習がなんと午後5時半まであるというキチガイじみたものである。

 頭がおかしい、だけでは済まないレベルの練習量に雪葉も俺もグッタリとしていた。


 ちなみに雪葉は半袖のYシャツの上から俺のあげたジャンパーを羽織っている。袖を通してないから、ゆらゆらと袖が揺れていて可愛かった。

 かなりお気に入りのようだ。


「あれ?雪葉って陸上選手じゃなかった?」

「ん……体力測定もっと手抜いとけばよかった…」

「ストップ、確か陸上選手は6時まで練習なかったか?」

「っ…!か、帰ろっ、きゃっ…」


 走り出した雪葉が3歩目でズテン、と転ぶ。数秒固まって、むくりと起き上がった。こちらを振り返り、恨めしげに睨む。

 俺は悪くない、そう首を振りつつ雪葉の前にしゃがみこむと、ふくれっ面をした。


「うぅ…」

「逃げなくても誰も追いかけてこねぇよ。怪我してないか?」

「…してない…」

「じゃあいいけど、もし怒られても俺も横にいてやるから安心しろ」

「…べつにいいしっ……」


 手を貸して雪葉を立ち上がらせる。

 雪葉はパッパッと…で膝についた汚れをたたき払い、目も合わせず、お礼もなしに歩き出した。

 …あれ?


「か、帰ろっ……」

「あ、おう……」


 どうやら起き上がるときに貸した手は返してもらえないようだ。

 そうか、別に手は繋いでいません設定か。

 手、繋いだの夏祭り以来なんだけどなぁ~…。なんか癪だ。

 あっ、そうだ。いいこと考えた。

 口では他愛もない会話を繰り広げながら雪葉の手を軽く握る。と…。


「それでハナちゃんが砂遊びはじめちゃっ……ゆ、悠人…?」

「ん?どうした?なんかあったか?」


 別に手なんて繋いでない設定なんだろ?と含みを乗せた笑みを浮かべる。と、それを読み取ったのかサッと顔を前に戻して、雪葉は話を続けた。

 話を邪魔するように不規則に手を握る。


「んっ……な、なんでもない。そ、それでっ……あ、蟻地獄作ってその中にアリを入れて…あ、遊んでたっ……」

「へぇ~…えげつねぇな。って結構えげつないことするな!?」

「そ、そうだね……」

「それより雪葉、なんかさっきから顔赤いけど大丈夫か?」


 握るたびに顔を赤く染めていく。このおもちゃ欲しい。

 俺は雪葉をおもちゃとして使うことを覚えた。


「っ……ゆ、夕日のせいなだけだしっ、ヘンな勘違いしないで」

「そうか…?あれ?どんどん赤くなってるけど?」

「……」


 雪葉の小さくて柔らかい手を優しく握る。効果音をつけるなら、にぎにぎ、と。

 そうすると黙りこくってしまった。依然、顔は赤いままだけれど。つまんねぇの、と思いつつもするのはやめない。


 ……突然、俺の手が軽く握り返される。

 ドキリ、と心臓がはねた。


「っ……」

「悠人?…どうしたの…顔、赤いけど…?」


 私は攻めることにした。カウンター攻撃だ。

 さっきまで一方的にやられてて悔しかったから攻撃するだけで、別に悠人とイチャつきたかった訳じゃない。


「そ、そうか?気のせいじゃねぇか?それを言うなら雪葉もだろ?」

「なんのはなし…?」


 心に余裕ができてくる。

 悠人の手は大きくて優しい。その手に握られると大事にされている感が増してとても嬉しい。

 握るとびっくりしたように少し縮んで、その動揺を隠そうとする手が可愛くて、心がドキドキと跳ねていた。


 にぎにぎ、にぎにぎ、握るたびに悠人の顔が赤くなっていく。このおもちゃほしい。いくらで買えるかな?

 私は悠人をおもちゃとして使うことを覚えた。

 でも同時、悠人がルール違反をした。


「いやぁ~手、握ってるとなんかドキドキするな~って」


 俺は禁句を漏らす。そしてすぐに自分が暗黙の了解を破ったことに気づいた。

 雪葉の顔がみるみるうちに赤くなる。


「ばかっ!悠人のバカッ…!き…き、きき……嫌いじゃないけどっ、この件に関してはっ…だいっきらいっ……!」

「あっ、おい待てよ!」


 この件に関しては、をつけてくれたとしても心臓にグサッと刺さるそのワード。ふらっとした俺の隙を逃さず雪葉が手を振りほどき、走って行った。

 久しぶりに一人で帰ることになりそうだ。




「…かわいいじゃねぇかオイ」


 でも俺のことを駅で待っててくれたので、傷だらけの心臓は瞬く間に直った。

 本人曰く……。


「きょ、教科書っ…人質にされたから仕方なく待ってるだけで別に悠人を待ってたわけじゃないからっ……」


 その割に、俺の持ってる教科書をとりかえそうとしない。そこをからかおうとすると、その前に雪葉が指を折りながら小さくつぶやいた。


「あと…、今日…クレープの日だし……」





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