第39話 (スイカ・ジュース)
(スイカ・ジュース)
「うりゃっ!」
宙に打ち上がったスイカ…のビーチボール。雪葉がその着地点に向かうがこの調子だと届きそうにない。勝ったな。
そう、勝利を確信する。
「っ…ふっ…」
バシッ…と破裂音が聞こえた。目を向ける。緑と黒の縞々の球が迫っていた。
「ぎゃっ…!」
そして顔に直撃する。拍を置いてようやくボールが顔から剥がれ落ちた。
視界の真ん中で、ポニーテールという悪魔的に可愛い髪型をした小悪魔が、ばつが悪そうに笑みを浮かべていた。
そして小悪魔は、頭の高さまで上げていた足を下げる。
「おい雪葉…。今、回し蹴りしたな…?危ねぇだろ?」
スイカを掴んで雪葉に歩み寄ると、ぎくりと顔を顰めた雪葉。
今日の雪葉は表情が富んでいて可愛い。いつも可愛いけど。
苦笑いする雪葉は、俺の怒りの声が演技だと分かっているようだ。なら存分に怒ったフリをさせてもらおう。
「…っ…い、今のは回し蹴りじゃなくてただの上段蹴りだから…」
「だからなんだ?」
「だ、だから…許して…くれる…?」
上目遣い、一発でKOだ。スイカを宙に放って雪葉から離れる。
「許す!」
「ん…」
この直後、再びスイカを蹴った雪葉を"軽く"チョップしたら、しかえしに食らった手刀で気絶した。
素人が空手経験者にむやみに手を出すものではない。
「…はぁ…ラノベ的展開とかねぇのかな…?」
ジュースを買いに行く→彼女はパラソルの下で待たせる→帰ってくる→彼女がナンパされてる→俺の女に手を出すな!→彼女が惚れ直す→ハッピーエンド。
密かにソレを願っていないと言えば嘘になる。
正直、雪葉がナンパされるのを考えるとイヤだけど、助けるのを込みで考えるとソレもありか、と思ってしまう。そう言うものだ、人間ってのは。
「ふぅ…」
パラソルの下で海を静かに眺める雪葉。可憐、という表現が的確だろう。
綺麗可愛い麗しい、美しい愛らしい愛おしい、スゴいエモいヤバい、全部当てはまるけどやっぱり可憐が似合ってる。最高すぎ。
「ねぇ君~。うちらと一緒に遊ばな~い?」
「あたしらとイイコトしない?」
「え?…俺?」
振り返ると…グラマラスな体型、つまり胸がでかい。あとビキニがエロい美女が2人。
…これが噂の逆ナンってやつか…!
…悠人遅いな…。いつもなら走ってきそうなのに…。
ざわめきと波音を聞いていると心が落ち着く。揺れる地平線を眺めていると、いつまでもこうしていたい気分になる。
…でもやっぱり!ドキドキの方が強い!
心が落ち着く、とは?との心の呟きは聞こえなかったことにする。
そう、私こと雪葉は、悠人との海水浴デートだなんていかにも少女漫画チックなイベントに心臓が鳴り止まなくて困ってる。
もういっそのことずっとドキドキしっぱなしだって悠人に告白してしまいたい。ついでに好きって方の告白もぉぉぉっ!なに考えてるの!?私!?落ち着いて!?
「…ふぅ…でもホントにおそ…?…ゆ…うと?」
私はその光景を見て、私よりその脂肪の塊の大きい2人のグラマラスな人に絡まれてる悠人を見て…ハッキリと感じた。
私、嫉妬してる。
「いや…あの…」
ラノベ作家このクソ野郎!オメーらの書くシュチュエーション全部読んだよ!ナンパの助け方は全部マスターしたよ!
でもこんなっ、男が逆ナンされるなんて対応策知らねぇよ!
この叫びがラノベ作家に届くはずもない。
「いいじゃな~い。君も暇してるんでしょ~?」
ただ、1つ…いや、2つ、言えることがある。
一つ目、オネーサンの乳でけぇ…。
二つ目、雪葉のおへその方がこの人達の生乳より興奮する。
「あの」
「んぁ?」
振り向くと…目が据わらせた雪葉が、オネーサン達を見ていた。
俺にその目が向けられてなくてよかったと心底ホッとする。
「ゆ…。私の男に手を出すな」
言っちゃった言っちゃった言っちゃった!私の男!私のっ!
興奮でむふむふしてるバカな私が叫んでる。
表面は怒り狂った私が担当してるからそんなだらしない表情はしないけど…内心、とってもドキドキしてる。
「ひっ…」
「ちょっ…な、なんでそんな喧嘩腰なのよっ。うちらだって別にそんな知らなかった…」
「ゆ…。私の男の手に持っているジュースは何本だっ、」
雪葉の低い、いらつきの混じったイケボに縮み上がる心臓と、加えてそのカッコよさにドキドキしはじめる心。
手を見下ろすと、両手に一本ずつ、計2本。
「連れが居ることぐらい理解しろ。ゆ…来て…」
固まっているオネーサン達に小さく会釈して、雪葉の後ろを歩く。怒ってるからオーラを全開にした雪葉がズドンと腰を下ろした。
ゆっくりとその横に腰を下ろし、ジュースを雪葉に渡す。
「…あの…」
「…なに」
キッとこちらに鋭い視線を向けられると…コワ格好よすぎて痺れちまう…って違う。
一番しょうもない質問をするために口を開いた。
「いろいろあるけどまず最初に…"ゆ"って言った後に言い直すのはなんなんですか?」
「…悠人の名前…お…っ!」
「お?」
そこで固まった雪葉は、かああ…と顔を染めて、数秒、ストローから口を外して、小さく言った。
「おしえたくなかった…」
「っ!」
例えば、とても恥ずかしい事を言ってしまったとする。醜い独占欲や、嫉妬を見せてしまったとする。
恥ずかしすぎて死ぬそうになる。ヤンデレだってうざがられたかな?キモがられたかな?と、不安になる。
どうやって処理を付けようか悩む。
さて問題。どうするのが最適解か。
答え、突き通す。
「私の悠人だから、当然…」
「うごぉっ——!」
「悠人っ!?」
「あ…いや…うん。ちょっといろいろと凄すぎて失神しかけただけ。大丈夫だ…」
突然倒れた悠人は、そんな事を赤い顔で言いつつ、起き上がった。そしてこちらを見る。
息を吸って数秒、決め台詞のように、悠人はカッコつけた顔をして口を開いた。
「なぁ雪葉、俺に向かってどの口で喋ってやがる。俺のものの雪葉がなに俺に…」
瞬間、悠人の後ろからスイカが迫っていた。反射的に身体を起こして、悠人の肩越しに拳を放つ。
ジャストミート、スイカのボールは来た道をまっすぐに引き返していった。
数秒待って、少し身体を引くと、ドギマギしている悠人が目に写る。そして気づいた。
待って!?これ壁ドン!?逆壁ドンの形だった!?もっとやればよかったぁぁぁっ……失敗した…。
こんがらがる脳みそをよそに、"私"は低い声を出した。
「ケガはない?」
「あ…おう…」
「よかった。それで?私が悠人のなにって?」
「っ…!な、ななっ、なんでもないですっ!ちょっとトイレ!」
俺は突然カッコ良くなった雪葉から離れるため、テキトウな口実を付ける…けど、俺のアロハシャツの裾が掴まれた。
カッコ良くなった雪葉は、親指を背中側に向けて、口角を上げる。
「トイレはあっちの方が近い…」
「っ!あ、ありがとうっ!」
砂に足を取られつつ、走る。脳内は、バカなことを言っていた。
彼女自慢のブログのタイトル、カッコよすぎる件に変えとかなきゃな…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます