第38話 (クリーム・浮き輪)


 (クリーム・浮き輪)


「その…お待たせ…///」


 数秒、固まる。ガガガガガ…とロボットみたいな動きで首を回した。


 普通にアニメに出てきそうな水着を思い浮かべて欲しい。アレだ。名前もよく分からないけど、アレだ。

 そして水着用のジャージ。半分だけチャックを閉めている。

 なにが可愛いのか、どこがそんなに俺をドキドキさせるのか分からない。

 もしかしたら好きな女子のプライベートな水着、と言うことだけが、俺を興奮させているのかも知れない。


「…そ、そんな見ないで…///」

「ご、ごめんっ…ちょっと…見とれてた…」

「っ…ヘンタイ…」


 雪葉はチャックを上げながら横に座る。

 そしてバックを探りなにかを俺に突き出した。それは…日焼け止めクリーム。

 ま、まさかコレは…塗るって事か!?つまり…合法的に雪葉の身体を触りたいほうだい…。

 気付けば指がわきわきとくねっていて、表情筋が緩んでいた。


「いいぜ、俺が塗ってあげ…」

「そっち向いて」

「え…?」


 クリームを俺に突きつけておきながら、俺に塗らせる気はないってことか…?




「かゆいところは?」

「…ない…です…///」


 悠人の体にクリームを塗りたくる。まずは腕や首から。

 悠人の耳が赤いのが丸見えで、悠人が恥ずかしがってると思うと私の心臓までドキドキとはねた。


 恥ずかしがってる…えへへ…私で恥ずかしがってる…。

 あぁっ!もうこのまま抱きしめたいっ…ってわけじゃないけどっ…!よ、要求されれば…仕方なくだけどぎゅってしてあげるぐらいはいいかも…///


 今度は肩のくぼんだところに指を走らせる。

 悠人の体がくすぐったそうに縮こまった。


「ふふっ…くすぐったい…?」

「っ、べ、べつにそう言うわけじゃ…」

「…ナマイキいうな…」


 ナマイキ言うから、私はもっと悠人の肩に指を走らせた。

 するとさらに縮こまる。それがおもしろくて何度もやっていると、不機嫌そうに悠人が口を開いた。


「そんなに塗る必要ないだろ…」

「ギブアップ…?」

「っ、あぁっ、ギブアップだ!」

「ん…よろしい」


 ムキになる悠人が悪い。

 こんどは悠人の背中に手を滑らせる…と…。


「あ…ここ、ケガしてる…?んん…ケガの跡…?」


 ふと、指が背中の傷跡で止まる。かなり大きな擦り傷だ。

 その瞬間、悠人が遠い目をした…が、悠人が口を開く前に思い出した。


「あぁ、そのすり傷か…。それは昔の…」

去年校庭で盛大にこけたときの幕間話『ソルティーシュガー』より…っ、私は別に助けてもらわなくてもケガしなかったのにっ…」

「あ~…厨二病を演出する気だったんだが?まぁ気にするなって、触るとヒリッとするだけだから」


 カッコ悪いの一言が浮かぶ。

 そこは痛くもかゆくもないよ、と言ってほしかった。なんかちょっと雰囲気が乱れる。

 悠人の背中にアロハシャツを掛けて、肩をたたいた。


「…それくらいやせ我慢して?あと痛くもない傷で痛いとか言って無駄な同情を買おうとしないで…」

「…悪意のない言葉のトゲだからかなり心に刺さったんだが?あと雪葉ぐらい同情してくれよ」

「…他の人の同情を買わないで。その傷、感謝してる…」

「はいはい、ありがとさん」


 テキトウに返して、アロハシャツのボタンを閉じ、ビーチボールを持った。準備万端…の瞬間、雪葉の言葉の意味を理解する。

 他の人の同情を買わないで…ってなに!?雪葉さん、あなたちょっと独占欲でちゃった!?可愛い!


 振り返る。

 腕を組み、そっぽを向き、別に何でも無いけど、みたいな雰囲気を出そうと努力していた雪葉。でも顔が赤いから


「な…なに…?なにか用…///」


 数秒の静寂に耐えられなくなった雪葉が口をとがらせる。

 俺が黙ったままその顔に見とれていると、俺に向かって突然砂を蹴って、海に向かって走り出した。


「っ!なにすんだよ!」


 慌てて追いかける。小走りだった雪葉に追いついたと思ったら、突然止まった。

 追い越して数メートル、後ろ向きに雪葉の横へ戻る。

 大きく息を吸った雪葉は、再び海へと走り出す。そして、叫んだ。


「う~みだ~っ!!」


 そして飛び跳ねた雪葉が、振り返って恥ずかしそうににっこりと笑う。

 なんだよ明るくて弾けた雪葉もめっちゃ可愛いじゃねぇか!クールじゃない性格もあるじゃねぇか!可愛いかよ!

 とか、そんな思考はぐるぐるに纏めて蹴った砂浜に置き去りに、俺も息を吸った。


「う~みだぁ~っ!!」


 この後、着地点にボスンと大きな砂煙が立ったのは言うまでもない。結局、咳き込んで、水を飲みにパラソルまで戻った。

 ついでに雪葉の浮き輪を膨らませるためにも。




「ん~っ…ん~っ…!」


 …可愛い、可愛すぎる。

 浮き輪を膨らませようとしている雪葉。身体を曲げて真っ赤な顔で息を吹き込むけど、全然膨らまない。


「俺がやろうか?」

「いいっ…別に一人で出来るから。それともなに?私が口を付けた後の所を舐めたかったの…?変態」

「いやそうじゃねぇ…そうじゃ…」


 いや、そうじゃないから…と言おうとしたのにその自信が無くなってきた。もしかしたら本能的に俺はリコーダーペロペロのような事をしたかったのかもしれない!


「…バカ…///とにかくっ…自分でやるから」

「お…おう…」


 そう言われてもう数分が経過しているが、初期状態の浮き輪を隣に並べないと違いが分からないぐらい進展してない。

 備考:雪葉は時々ポンコツ。

 そう…浮き輪を膨らませるには硬いところを押して息を吹き込まなければいけない。でも…雪葉はそれに気付いていない。


 俺がやりたいやりたいやりたいやりたい!俺が膨らませたぁぁぁいっ!

 このまま可愛い雪葉を見ていたいのもあるけど俺が舐め…っ、俺が膨らませたいっ!

 俺がやると言うことは間接キスであると言うこと…それに気付いたから俺が膨らませたくなった訳ではない。


「…悪寒がした…」

「え?…ぇ…あ、き、気のせいだろ~…」

「…変態…」


 目が泳いでしまっていたのがばれたようだ。ポーカーフェイスにはそれなりに準備が必要なのである。

 流石に苦しそうな雪葉を見て、良心が痛んだので雪葉の口元に手を寄せる。


「バーカ、ここ押さないと膨らまないんだよ」


 硬いところを押す…と、雪葉がびくりと跳ねた。手に雪葉の息が掛かる。くすぐったいと言うよりドキドキする。

 雪葉はなにも文句を言わず、息を吹き込み続けた…。



 これはこれでいいかも…なんて思ってないこともない…って言ったら、私は変態さんの部類に入ってしまうのだろうか…。



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