ムッツリな彼女
第37話 (肩枕2・サンダル)
(肩枕2・サンダル)
例えば彼女と海に行くとする。
エロい下着に興奮して更衣室でそのまま…。
日焼けクリームを塗って欲しいと誘われてそのまま…。
ビーチバレーでこけそうになった彼女を助けて、その寝転んだ体勢でそのまま…。
遠泳で勝負して、沖の小さな岩の上でそのまま…。
砂浜に小さな家を作り、夢と希望のある将来を語らいつつそのまま…。
夕焼けを見てロマンチックな気分に浸りながらそのまま…。
そのまま…そのまま、なんだ?
「コホン…悠人、起きて…」
「いっ!ってぇっ…ぁ…。す、すまん…」
雪葉の少し強めのパンチで目が覚める。一瞬で目が覚めた。
アホな夢を見ていたと、自覚している。
ふと雪葉越しに窓の外を見ると、キラキラと輝く海が見えた。
う~みだ~っ!って叫ぶ予定が崩れたけど、それはビーチでやればいいか。
「俺どれぐらい寝てた?」
「高速道路入ってすぐだから…40分ぐらい…?」
「うわ、すまんっ…暇させたな」
「いい…それに…お互い様だし…」
少し顔を染めて俯いた雪葉が、背景の海と重なってめっちゃ綺麗だった。だから、その言葉の意味はよく理解しなかった。
「あ…寝ちゃった…」
高速道路に入ってからのかなり大きめの騒音で雑談が途切れた。そのすぐあとに悠人が船を漕ぎ出したのは、少し不満だったりする。
海に行こう、って誘ってくれたのは悠人だった。高速バスで片道1時間強のところにあるビーチ。
いつも人気で混雑しているビーチだけれども…通常の学校はまだ夏休みに入っていない。
青京学院の夏休みは試験休みを含めると異常に長く、そして速めに始まるお陰で人気スポットを
夏祭りの終わり際の事件以来、一切悠人とのチャットがなかったから不安だったけど、嫌われてなかったようで安心する。
まるでやりとりがなかったことすら、なかったことにされて突然誘われたのは海水浴。
ちなみに
「…ゆき…」
名前を呼ばれて身体が跳ねる。そんな寝言で私の名前呼ぶなんて……そんなの少女漫画だけだと思ってた。現実にあるなんて思ってなかった。
「……がふってきたぞぉ…」
……少女漫画だけだと思ってたし、その通りだった。一瞬、ムカッときたけど、名前を呼ばれたと早とちりした私が悪い。
今は夏なのに…なんで雪…?
「はっぱがゆきでかくされるけどなぁ…ゆきがとけてはっぱがみえるだろぉ…?」
やけに長い寝言だ。長い寝言を言う人は、起きているか、ずっとそのことを考えているかだ。
悠人の目の前で手を振ってみるが、まぶたが動く様子はない。
寝ているのか…なんの夢だろ…?
「…んなかんじで…チラッとみえるデレがさいこうなんだぜ…。ゆきは…」
呼ばれた、絶対に今呼ばれた。名前を呼ばれた。
悠人が寝言で私の名前を呼んだ、私のこと考えてるっ。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。恥ずかしい…。けど、嬉しい…。
背もたれに背を預けてニヤニヤする。同時、睡魔が襲ってきた。寝不足による睡魔だ。
別に、悠人と海に行くのが楽しみで楽しみで寝付けず、サンタさんを待つ子供のように10分おきに目が覚めていたから寝不足なんじゃない。
夜遅くまで悠人とのチャット履歴を見て幸せな気持ちに浸るという習慣が出来てしまい、生活のサイクルが崩れたせいだ。
……その言い訳もオカシイ気がしたが…睡魔が私を…暗闇に引きずりこん…だ…。
…目が覚める。首が痛い。肩が重い。
少し考える、そして分かる。悠人と頭を乗せ合って寝ていたのだ、と。悠人の頭の上に、私は頭を乗せていたようだ。
そう、少女漫画のように。
私の肩に悠人の頭がある。理解した瞬間、身体が膠着するような、ピキピキピキピキ、と音が聞こえてきた。多分、私の顔は真っ赤だ…。
我に返ったのはキラキラとまぶしい海が見えてきたとき。その時には悠人の頭は肩から離れて、私と反対側にあった。
私から離れてしまった悠人を見て不満に思ったわけではない。私とおしゃべりしないで居眠りする悠人に不満が溜まっただけだ。
私はそれを証明するべく、悠人の肩を…少し強めに殴った。
強めに、なのは先の不満によるものではない。
「う~みだ~っ!」
バスを降りてすぐに砂浜に走り込む…寸前でサンダルに履き替える。そして砂浜に走り込んで叫んだ。
遅れて、雪葉がバスから降りてきた。呆れた視線で俺を見て、他人のフリをするかのように、どこかへ歩いて行く。
「おい!」
「…どなたですか?」
「他人のフリするなって!」
「…流石に驚き。叫び方がテンプレート過ぎるし、そのくせ寸前でサンダルに履き替える姑息さが凄く際立ってる。
人として注目されて恥ずかしくない…?」
毒のトゲがかなり強い。心臓に刺さって苦しくなって、しゃがみ込んだら、雪葉は何食わぬ顔で歩き始めた。
ツンデレなのに毒ありすぎだろ、と言いかけたがさっきの俺の動作にデレる要素が一つもなかったことにきづいた。
俺を見ているだけでデレる、なんてことはないようだ。少し不満……いや、さすがに俺がわがまますぎるのか?
「…すまん…」
「…はしゃぐのは分かる…けど、いつまで一緒にいる気?そろそろ離れて?」
「え…?」
なにを言い出したのか理解できなくて首を傾げると、雪葉が俺に向き直り、呆れた顔をして、真剣そうな口ぶりで言った。
「別れないの……?」
「悠人!?」
数秒後、悠人が倒れる。なんの予備動作もなくて反応が遅れて、伸ばした手は指先をかすめるだけに終わった。
そして、ぼすんと砂煙が立つ。
「悠人!?悠人!?」
手首を触る、脈はある。呼吸もしてる。瞳孔反射は確認できないけど、流石に生きてはいるはずだ。突然倒れて死ぬなんて…?
いやでも心筋梗塞とか脳卒中とか…ありえるかもっ…!っ、言霊が…!
「…雪葉…なんで俺の事…嫌いに…」
突然、悠人がしゃべり出す。ほっ、と自然とため息が漏れた。
滑舌はそれなりにハッキリしていて、倒れることになんの対策も受け身も取らなかった人間の数秒後の滑舌とは思えない。
……悠人の言葉を理解して、結局出てきたのは病状の確認の言葉ではなく、たった1…じゃなくて2音。
「はい…?」
「俺…そんなに駄目な男だったか…?その…もしかして…告白の…」
「まって…悠人、なんの話?」
「…別れようって言ったのは雪葉だろ…?」
一瞬、脳みそが怒りで沸騰する。
別れようってどういうこと?なんで私が悠人を嫌いにならなきゃいけいけないの?
そして、理解した。
「…悠人、女子更衣室に入ったら刑務所行き。それこそ別れなきゃいけない…。男子更衣室は向こう…」
悠人は、いつか見たゾンビ映画のゾンビのように目を大きく見開いた。
そして突然、顔を真っ赤にさせて立ち上がり、向こうの方へと全速力で、砂煙を上げて走っていった。
途中、こけていたのが少し可愛らしい、と思ってしまったのは一生の不覚だ。
…レンタル屋でビーチパラソルを借りて隅の方に立てる。
ちなみに筋肉を見せびらかすタイプじゃないので、同じところで売っていたアロハシャツも買った。
ついでにサングラスも。
「…はぁ…」
…バカだ……。別れよう、とか紛らわしい言い方をするな、と不満たらたらだが一方的に勘違いした俺が悪い。
行き場のない不満をため息に乗せて吐き出した。
彼女とビーチ、というシチュエーションに浮かれてたせいで何も考えていなかった。
このビーチ、かなりの人気を誇っており、今はすいてるけどあと一週間もすれば人でごったがえす。その理由のうちの1つが別れよう、と言われた原因。
俺と雪葉が法律という概念的圧力によって、物理的な意味で引き離された、この忌々しきビーチの構造。
…男女の更衣室が完全に対極にあること。家族連れの客が少ないかわりに、学生の利用客がとても多い理由でもある。
……ふざけるな、俺は雪葉のお着替えシーンを見たかったのに。別に他の女の着替えとか興味ないし、雪葉の着替えだけ見たかったのに…くそっ。
「…って犯罪者の思考だな…。ふぅ…やっべぇ…めっちゃドキドキする…」
え?なんでこんなバクバクしてんの?高血圧?
ふっ…そりゃぁ愚問だな。
……自問自答する俺自身が愚か者だとオチをつけた。
だってそりゃ…。俺は雪葉のプラーベートな水着…いや、スク水もか。とにかく、俺は雪葉の水着姿を見たことがない。
当然、妄想してドキドキする。
多分これを兄貴に言ったら、所詮は童貞非リアが背伸びして彼女作っただけあるな、って煽られそうだ。
だけど…好きな女子の水着姿って考えるだけでこんなにドキドキするのかよ!めっちゃドキドキするよ!
ねぇ!水着でできた谷間からスマホ取り出したりされたらもうドキドキで……あっ…。
今の妄想はなかったことにしよう。
「…ゆ…悠人?…お、お待たせ…」
…それでは、始めよう。我が、彼女の水着タイムだ。
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