第25話 (ホスト・ジャージ/後編)


 (ホスト・ジャージ/後編)


「え?」


 4限、雪葉の驚いたような呟きが聞こえた。雪葉につられて俺も窓の外を見る…。

 あぁ、今日雨降るんだよな。…朝は雲1つない青空だけど午後から雨がふる、って雪葉の次の次ぐらいに可愛いニュースキャスターが言ってたし。


 やはり世の可愛いもの全て、雪葉には劣るのだと確信した俺。


「ん?今日雨ふるって言ってたぞ?」

「…帰るまで?」

「さぁ?夕方には止むらしいけど。置き傘ないのか?」

「…///」


 雪葉は黙りこくる。

 顔を赤らめて、もしかして相合い傘チャンス…?こちらをチラチラと見る悠人と?…はずかしぃ…。うつむいて頭をブンブンと振り…って、私は何を考えてるのっ!?っ、私のバカっ!なぜか俺を恨めしそうに睨んだ…こんなこと考えちゃうのも全部悠人のせいだ…

 …なんで?俺なんかしたっけ?…俺悪くないよな?


「…忘れた…///」

「そうか…まぁでも事務室で借りられるし大丈夫だろ」


 同時、しょぼん、と悲しそうな顔をした雪葉。相合い傘…したかった…

 …ちょっとよく分からないな~。まさか俺と相合い傘をしたいとか?なわけ~…。

 な、なわけ~…。




「なぁ雪葉、卵焼きくれるか?」

「っ…。…ん…仕方ないし気が乗らないけどあげる…でも対価を頂戴。

 でも私のご飯が減るから欲しいだけで別に悠人のお弁当が欲しい訳じゃないから勘違いしないで…」


 あのさぁ…可愛いんだよ!ホントマジ可愛いんだよ!

 雪葉の弁当に照り焼きチキンを乗せると嬉しそうな顔をして、卵焼きを俺の弁当にのせた。

 気が乗らない、とは何のことか。ツンデレにそれをツッコむと発狂するので黙る。

 ふへへへへっ…やったぜ、卵焼きゲット~。


「いっただっきま~す」

「…いただきます…」


 そして俺が卵焼きを半分、雪葉がテリヤキチキンを一口、口の中にいれた時…。


「…ねぇ、悠人、私さ、雪ちゃんのお弁当食べたことないんだよね~…」


 後ろから聞こえる低く暗い声。

 とても恨みがましく、ヤンデレの声優試験なら一発合格できそうだ。

 この声は…。


「ハナサキ!これは俺のものだから渡さんぞ!」

「…へぇ…そっかぁ…。じゃあって存在を消せばいいよね~…」

「なんか生命の危機にさらされてるんですけど!?助けて雪葉!?」

「…ハナちゃん。別に悠人の命のためじゃないけど…欲しいならあげる…」

「え!いいの!?ありがと~雪ちゃん大好き~」


 コロッと機嫌が変わったハナサキは、一転して雪葉の首に抱きついた。

 最初から分かってたけどさっきまでのハナサキの声音も言ってることも全部おふざけだろ!あと雪葉が地味にハナサキの言ってること信じててなんか可愛い!


 …冷静になれ、と微妙にまだ正常な脳みそが呆れながら呟いた。


「…むぅ…私は嫌い…じゃない…」


 ハナサキが雪葉に抱きついて、雪葉のぷにぷにの頬を突く。

 雪葉はうっとおしそうな顔をしつつも、突き放そうとはしない。


 ジュルリ、と涎が出たが、気のせいだ。


 雪葉が卵焼きを二つに割って、その1つをハナサキにむける…と、それに食いつくハナサキ…。


「あ~ん…美味しいっ!きゃ~愛の味~!」


 ジュルリ…。

 頭の中にはの2文字。視界の縁には百合の花畑。

 その光景に、涎が出た。じゅるり。


「ん…頑張ったから…///」

「何!?私にくれるため!?私の愛しの雪ちゃ~んっ!」

「違う悠人のためだからっ、そんなに騒がないで煩いっ!」

「…そんなに否定しなくてもイイじゃ~ん…彼氏のためとはいえさ…すこ~しぐらい夢見させてよ…」

「…っ!じゃなくて違うっ…悠人じゃないからっ…///」

「ホントのところは?」


 ハナサキが問い詰めると雪葉は顔を赤くして、こちらをちらっと見て、ハナサキの耳に口を寄せて口を開いた。


「…悠人…のため…///」


 完全に聞こえてたけど、聞こえなかったことにすると決めた。

 …まぁ、雪葉が本心を教えてくれたのならこっちも教えるベキであろう。照り焼きチキンをご飯の上で転がしつつ、俺も口を開く。


「…まぁ…照り焼きチキン、俺も頑張ったからな。ゆ…雪葉に上げるため…じゃねぇけど…っ…」


 ハナサキの呆れた目線が俺を突き刺した。

 べ、別に恥ずかしい訳じゃないもんっ!ホントに雪葉に上げるために作った訳じゃないもん!


 …はい、キモいのでやめます。ホントは雪葉のために精魂込めて作りました。ツンデレでわるかったなぁ!野郎のツンデレだって兄貴ホスト曰く需要があるんだヨォ!




「…すぅぅぅっ…」


 ピコン、と鼻の神経が反応した。

 五限、体力測定にて、長座体前屈をするために息を吸ったときのこと。


 やはり、雪葉の匂いがかなりする。そのせいでドキドキしてもう体力測定の記録はボロボロ。

 心臓が跳ねまくってても、1つだけはいつも通り才能を発揮する、なんて異世界ラノベの主人公っぽいカッコイイ特性が無いところを見ると、俺は主人公ではないようだ。


「ふぅぅぅっ…」


 勢いを付けて台を押し出す。瞬間、ジャージの裾の部分の白い、名前の刺繍が見えた。

 皺が寄ってて全体が見えないが、なんかいつもと違う気がした。


「42cm!まぁまぁだな」

「そういうザキヤマは悠人に負けてるだろ」

「黙れクロスケ!お前の記録を10割引してやる!」

「煩いなぁ…。ん…?あ…悠人?…いや、悠人君?」


 フウヤが俺の横にしゃがみ込む。そして…壁に手を突いて、口を寄せてきた。壁ドンの形にドキリとしてしまった自分に嫌気がさす。


「君はとっても変態だね。僕は呆れたよ」

「は?どういう意味だ?」

「さぁ~?ジャージの名前でも確認すれば?さ~てとっ…僕は反復横跳びでもしてくるよ。クロスケ計測してくれるかい?」

「仕方ねぇ~な~。タイマーはどこだ?」


 ふとジャージの刺繍を見てみる…と、そこには…。




「ん~!」

「握力12kg!雪ちゃん可愛い~!」

「両手合わせても30キロ未満か~。雪葉ちゃんの掌底突きとかが大人の虎なら握力は子猫だね」


 先ほどからこのジャージ、悠人の匂いがする。

 そのせいで力が全く出ない。ドキドキしてしまうせいだ。


「まぁでも補正が掛かってるんでしょ?」

「あぁ~ハナちゃんの言うことも確かにあるかも」

「?…どういうこと…?」


 訳が分からず首を傾げると、2人が私の左右の肩をそれぞれ掴み、通り過ぎていった。

 ジャージ、と器用にも同時に呟いて。

 振り向くと、2人はキャッキャとお喋りしながら離れていく。


「ジャージ…?」


 雪葉がそう呟いた。その肩を掴む。

 俺は…このジャージがいつもより少しキツいことに気付いていたのに、肝心な事に気付けないでいた。


「キャッ…っ、驚かせないでっ…」

「ごめん…それより…さ。このジャージ…」


 そう、このジャージ、雪葉のであるのだ。


「え…?」


 ぽかん、と口を開いて、俺のジャージの裾を見る雪葉。

 驚きでだらんと垂れた雪葉の腕…手は袖に隠される。やはりサイズも1つ違うみたいだ。

 その雪葉のジャージの裾には、悠人と白く刺繍されていた。

 確信を得る。


「…と、言うことだ。雪葉…」

「えっ…?ちょっ…!へ、変態!ッ…じょ、女子のジャージなんて…っ!」

「おい!黙れっ!」

「ん~!んっ!ん~!!」


 叫びだした雪葉の口を手で押さえる。するとジタバタと暴れた雪葉…体育館内の視線が一斉に集まる。

 怪訝そうな視線は、一部を除いて不審そうなモノへと変わる。

 だけれど、その一部が俺の生命線を繋いでくれた。


「あ~!また悠人と雪ちゃんイチャついてる~!」

「おい悠人…。君はこんな公衆の面前で性犯罪を犯す気かい?」

「ホントね~でも雪葉ちゃんも嬉しそうじゃない?」


 …順にハナサキ、フウヤ、ユユギハラ。とっても不本意だが、助け船には感謝する。

 お陰で皆の視線が、またか…と呆れたものに変わ…ガブリ…。

 ガブリ…?あれ…?

 遅れて、痛みがやってきて、思わず手を離す。


「いってぇっ!?おい雪葉テメェ噛むんじゃねぇよ!」

「ホントッ…ヘンタイッ!悠人っ!っ…い、今ここで脱ぐのは面倒だから今回だけはこのままでいいけどっ…。…授業終わったら返して…///」


 赤い顔はきっと、息苦しいのと注目されているので恥ずかしいからだろう。

 こんな状況で萌え袖かわいい〜!とか叫んでる脳内が理解できないが、相変わらず萌え袖で可愛い雪葉は、その顔を隠すためか、ジャージに顔を埋めた。




 怒ってて私は気付いた。授業が終わった後に返して貰えば、合法的に悠人の匂いのしみこんだジャージをゲットできるのだと。

 赤くなった顔を隠すため、ジャージで顔を覆うと…悠人の匂いが肺を満たし、私の心拍数を跳ね上げた。





【おまけ】


 授業後、俺は気付いた。どんなときでも俺の変わらない能力。

 …どんな時でも雪葉の可愛さに気付ける、そんな能力が俺にはあった。


 だから俺はラノベの主人公だぁぁぁああ!







 異世界系ラノベの主人公なんだゼェェェエエッ!


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