第24話 (写真・ジャージ/中編)


 (写真・ジャージ/中編)


「かっっっ~…!」


 ~っこいぃぃぃいいっ!

 そう叫びかけた私に、当然のごとく悠人が反応した。しかし、悠人がカッコイイと叫んだこと別にカッコイイと思ってないがはバレてないようだ。


「か…?どうした?蚊か?イヤでもこの時期はまだボウフラ…」

「な、なんでもないっ…」


 雪葉は焦ったように黒板に向き直り、話を終わらせた。どうしたんだろ…。

 そして黒板を見、机の上のプリントを見、慌ててポケットからなにかを取り出した…。スマホだ。

 そして素早くロックを解除して、黒板にカメラを向けて撮影する。

 チラッと見えた。パスワードは0407…総和11総積0素因数分解11*37…か…。

 そんな事は思いつくのに、それが4月7日だなんて気付かない。


 雪葉はパノラマで撮影していたのか、こちらにもスマホを向けてきた。

 オメーも授業受けてねぇじゃねぇか。って言葉は飲み込んでキメ顔をしておく。

 ちなみに校内スマホは現行犯でスマホ没収だ。つまりバレなきゃ罪じゃない。


 兎に角、スクリーンの撮影を終えた雪葉は、こちらを見て、今更ながら、スマホを隠すように素早くポケットにしまった。

 そしてわざとらしい欠伸をする。口に手を当てて、だ。可愛い。


 じー…。


「っ…///」


 じーっ。


 見つめてたら雪葉の所作に変化が起きた。チラチラと横目でこちらを見て、目が合う度に素早く逸らし、顔を赤くする。

 コレ楽しいかも。

 俺は雪葉を玩具として扱うことを覚えた。うん、可愛いおもちゃだ。


 じーーーっ…。


「…っ///な…なに…?」

「いや?なんでも?どうしたんだ?顔、赤くして」

「べ、別に赤くなんかっ…」

「何見つめ合ってんだお前ら!イチャつくんじゃねぇ!」

「なっ…ザキヤマ黙れ!」


 幸せな気分にひたっていたのに…。ザキヤマが冷やかしたら…っ。というか俺以外の他人が冷やかしたら…。

 恐れていた事が起きる。雪葉の顔は一瞬で平常に戻り、冷めた目でザキヤマを睨んだ。

 ザキヤマが羨ましいなんて思ってない。睨まれていいな~だなんて、思ってないったらない。


「…五月蠅い、ウザい、キモい。私が悠人をそんな変な目で見てるとでも…?

 この変質者が私のことをずっと見てくるから引いてたんだけ…」

「ひぇっ…い、所謂悠人にドン引き~マジ卍~って奴だな!?」

「っ…訂正しろ…。悠人はあなたが言うほど、少なくともあなたほどは気持ち悪くない…」

「ひゃっ…えと…なんかちょっとヘンだな~って思ったって事だな!?」

「…そ…。勘違いしないで。気持ち悪い。二度と話しかけるな…」


 毒舌、というかもう悪舌といった方が正しいな。舌の性根がひねくれてやがる。そこが可愛いけど。

 俺は崩れた豆腐メンタルを立て直し、再び雪葉を照れさせる事に決めた。そして少女漫画の台詞の一つをぽいっと。


「雪葉が可愛くってさ、見惚れてたんだ」

「ボンッ…///」


 今の効果音…彼女自慢のブログでどうやってBGM付けようか真剣に悩む。

 一瞬で真っ赤に染まった顔は、そんなくだらないことを彷彿させるほど可愛かった。


「…っ///馬鹿…キモいからやめて変態変質者…」


 若干赤い顔でこちらを睨みながらそう呟く雪葉が可愛くて最高ッ!

 …とか思うより先にメンタルが崩壊した気がする。



 グサッって効果音が聞こえた気がしたと同時に、悠人が悲痛な面持ちで項垂れた。

 だって…恥ずかしいし…あと格好良すぎる悠人が悪い…。

 悠人が俯いているのを確認して、黒板を写してるフリして撮った悠人の写真をこっそり眺める。

 …うん、格好いい。


 よって判決を言い渡す、被告人悠人、有罪です。




 どうしてこうなった…?

 まるでラノベ主人公が異世界トリップしたときに発しそうな台詞だ、と心の中で呟く。


「はぁはぁはぁ…」


 地面を踏みしめる音、息づかい、少し暗がり始めた空。


「…」


 なんで俺が…なんで俺が負けてるんだ…?

 体育着ではないと言え、長距離走がそれほど得意でないとは言え、コースの内側を走ってる俺がなんで雪葉より先に息切れしてるんだ?

 目の前のスタートラインを越える瞬間、4本目に薬指を立てる。4周目…終盤だ。


 昨日雪葉が出来なかった長距離測定に付き添ってる彼氏を演じるはずが…。彼女の横で応援しながら一緒に走ってやる心優しい、とても頼りになる彼氏を演じるはずが…。

 もう一度聞く。


 どうしてこうなった?


「はぁはぁはぁ…」

「…」


 呼吸する度、鼻から脳に直接電撃が走る。

 今着ているジャージは、悠人のモノ。私は今、悠人に身体を包まれているんだと思うと、疲れなんて感じなかった。

 …も、もちろんっ、不本意ながら疲れを感じないだけどっ!


「悠人…息切れ…?」

「逆になんでっ!雪葉はっ…平気なんだっ!」


 ジャージを着るときに既に、このジャージが悠人のモノだと気付いていた訳ではない。そんな訳ない。

 私がジャージを、昨日獲得した悠人のジャージを着てしまっただけだ。

 私が今敢えて鼻呼吸をしているのは、決して、悠人の匂いを吸いたい訳ではない。


 あと、ジャージを洗うと言って昨日悠人から奪ったこのジャージ、洗濯されていないように見えるけど気のせいだ。

 宣言通り…ちゃんと洗ってる…。

 …洗って…いや、なんでもない。墓穴は掘りたくないから黙ることにする。


「はぁはぁ…あとっ!…ひっ…しゅう一周…!」


 息切れしながらそう叫んだ悠人…それでも横を走ってくれるから、ホント悠人は優しい。

 優しいだけで好きになった訳じゃないけど…っ!そもそも好きじゃ…。

 …不毛な問答を素直じゃない自分とするのはもうやめよう。


 ちなみに、あと一周なのにラストスパートを掛けないのは、別に悠人ともっと一緒に居たい訳じゃない事ここに注意書きそれ以外に注意書きなんて必要ないしておこう。




「ありがと…。わざわざごめん…」

「いや、俺がやりたくてやった訳だし」


 正直、走りたくはなかったけど…って言うと興ざめだから黙っておこう。いや、仕方ないだろ?汗でぐしょぐしょの制服とか最悪だし。

 帰宅部の下校ラッシュが終わり、空いた道を歩く。


「…ん…これ…」


 雪葉が俺にジャージを突き出す。瞬間、文句を言うか迷って…結局、言うことにした。

 不満を押し殺してたら鬱憤が溜まったときに大変なことになる。それは避けたい。勢いで破局とか絶対ヤだし。


「おい…今更返すなよ…。まぁ洗って貰った身だからあんまり偉そうに言えないけどさ。ありがとよ、洗ってくれて」


 ジャージを受け取って脇に抱える。駅に着いたらリュックに入れよう。

 いっぺんに文句とお礼を言ったせいで戸惑う雪葉は首を傾げつつ口を開いた。


「あ…えと…ごめん…どういたしまして…?」

「おう、サンキュ…。っ…!」

「悠人…?」

「いや、なんでもない…」


 ジャージから雪葉の匂いがして焦った。雪葉が他を向いている間に、こっそりジャージに鼻を寄せる…。やはり雪葉の匂いがした。

 …コレを枕にして寝よう。っ、じゃない、なんで俺のジャージから雪葉の…っ!そうかっ!


「洗剤…?」

「…ん?」

「あ…えと…ジャージから雪葉の匂いがしたからさ。洗剤の匂いか~と思って」

「っ!…今はしたない事をされる悪寒がした…」

「ひでぇなおい!」

「…さぁ…?ふふっ…」


 シラを切り続ける気が、おもわず笑ってしまう。とっても、幸せだって感じた。だから…。

 だから、私は気付かない。とても重大なことに。



 今返したジャージが、洗ってからまだ2,3しか使っていないジャージだと言うことに…。






【おまけ】


 えへへ…初めて悠人のプライベートな写真ゲットした…。


 ベットに寝転がって私は今日撮った盗撮した悠人の写真のフォルダを開く。こんなに幸福でいいのだろうか…。


 …っ!


 思わずスマホを投げかける。だって…悠人の首のあたりから、ハナちゃんが顔だけのぞかせて、こちらを見ていたのだ…。

 まるで、ストーカーJKの皮を被ったおっさんのようだった。

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