第46話 (ハチマキ・エール)


 (ハチマキ・エール)


「あ、悠人。ハチマキちゃんと締まってない」

「え?そうか?」

「ん…私がやるからそっち向いて」

「あぁ……」


 悠人が私に背中を向ける。

 ハチマキ大作戦、決行である。悠人のハチマキを私が結び、私のハチマキを悠人が結ぶ。

 相互関係というものに憧れるのは乙女回路が起動している故だ。互いに強く結びついてる気がしてとても嬉しい。

 悠人の髪に指が触れるたびにドキドキしつつ、ハチマキを結ぶ。ハチマキの余った部分に頬ずりしてしまったのは無意識だ。


「んっ……おっけー」

「雪葉ありがとな。でも雪葉もハチマキ乱れてるぞ。そっちむいて」

「…ぁ、ありがとう……」


 ハチマキ作戦、という名は伊達じゃないことをここに説明しよう。悠人に背を向けつつ、誰にかもわからない説明を始めた。


 先ほど、悠人が空を見上げてぼんやりしている間に私は、悠人のハチマキをこっそり緩めたのだ。

 そして私自身のハチマキも緩めておいたのだが……私から結んでもらうよう頼むまでもなく、悠人は気づいてくれた。


 実は気配りができてとても優しいのが私の彼氏である。

 悠人の優しくて不器用な指使いを感じつつ、優越感に浸る。

 ときどき当たって、髪を梳く指がとても気持ちよかった。


「キツくないか?」

「……ちょっと苦しいかも」

「ごめん、結びなおす」


 実は全然キツくない。私を気遣って優しめに結んでくれたけど……すこし物足りないからおねだりすることにした。

 悠人の指がハチマキの結び目に触れる。そして解かれて、悠人の腕が私の額に回った。


 もとから体の距離が近かったから……後ろから抱きしめられているみたいで、とても心地いい。でも、ドキドキする。

 額に当たるひんやりとしたハチマキが、布越しに感じる悠人の指使いが、ときどき耳にかかる悠人の息が、とても心を跳ねさせた。


「……なぁフウヤ、何見てるんだ?」

「あぁクロスケか。なんでもないよ」

「そうか……って甘ぇな。もしかしてあれ見てたのか?」


 クロスケがフウヤの後ろから顔をのぞかせ、悠人と雪葉のいちゃいちゃを指差した。

 約数メートル離れた場所から、フウヤは悠人と雪葉を眺めていたのだ。


 タピオカミルクティーといい勝負だぞ、ガムシロップ単体といい勝負だぞ。と、誰にでもなくつぶやきながら。


「クロスケ、いくらバカでも冷やかすなよ?死ぬから」

「あぁ、日々毒舌に苦しむザキヤマをみてるからな。それぐらいわかってるって。

 ……でもなぁフウヤ、あいつらが甘ったるくなってんのって罰ゲームに告白するって案が元凶なんだぜ?

 俺らの目に毒だ。なんとかしてくれ」

「さぁね。僕のしったことじゃない。ぽろっと僕は罰ゲームの案を零しただけで、それを採用したのはだ」

「そうは言ってもなぁ」


 それにしても、君も回りくどいことをしたねぇ。

 でもそれは心の中だけに収めておく。

 悠人が何かを言ったのか、彼女雪葉は顔を真っ赤に染めた。




「なぁハナサキ、ユユギハラ。一回だけでいいからさ。雪葉の真面目な応援シーンみたくないか?」

「……悠人、アンタってヤツは…」

「悠人くんっ、それはイロイロと…」

「「最高すぎる!天才!」」


 寸前まで暗い声を出していたユユギハラとハナサキの明るい声が重なった。

 わかりきったテンションの切り替えに苦笑が漏れる。

 雪葉がトイレに行っている今、作戦を練ることにした。


「でもどうする?」

「絶対恥ずかしがると思うんだよなぁ……」

「あっ、思いついた!」

「おっ、なんだ?」

「フッフッフ……耳の穴をかっぽじって聞くがよい。まず悠人がが……」


 そしてハナサキが作戦を語りだした……。


 *


「なぁ雪葉~。真面目に応援団みたいな感じで応援してくれね?一回ちょっと見たい」

「え……っ?」


 トイレから帰ってきた雪葉は、律儀に俺のすぐ隣に座った。

 しかも先ほどより十数センチ距離が近いように感じるが、気のせいではなさそうだ。

 だって……無意識のうちに肩が密着するほど間を詰めて座れるわけがない。雪葉の頬が火照ってるのも、俺の仮定を確固たるものにしていた。


「いや~見てみたいなって思った」

「えとっ、フレーフレ……れ……っ!謀ったな悠人っ……!」

「いや突然に戦国武将出てくんなし。別にハメたわけじゃなくてさ。みたいな〜って」


 戸惑いながらも普通に応援しかけていた雪葉が俺をジト目で睨む。

 見たい、と再度繰り返したが、頭を振って拒否した。もちろん方向は横。


「ヤダ…絶対ヤダ…」


 素直に頼んでもダメだということを確認してから作戦Aに移る。

 用意した作戦は一個しかないだろとか、そういうツッコミは求めていないから黙れ。

 隠れていたハナサキたちが現れ、雪葉の肩を掴んで揺らした。


「雪ちゃんやってよ~」

「雪葉ちゃん、私も見たいな~」


 人海三人戦術。

 意外と雪葉は押しに弱いから、物量で押し切れば勝てる。

 だからいける、と思った。のに……。


「ぜぇぇぇったい、ヤダッ……!そんなっ、勝手にしてればっ……」

「くっ……おい、作戦会議だ。プランBを考えるぞっ!」

「「イェッサー曹長!」」


 知らない間に俺は軍曹になっていたようだ。

 ハナサキとユユギハラで輪を作り、作戦会議を始める。作戦を思いついて顔をあげると……雪葉と目が合った。

 少し悲しそうにしていて、不安げで、孤独さが空気ににじみ出ていて、潤んだ瞳が、俺を捉えていた。


「あ、えと……雪葉?」

「っ……トイレ行ってくる……」


 バカとも、アホとも悪態をつかず、ただしょんぼりとトイレに向かっていった雪葉。獣の耳と尻尾があったら絶対垂れ下がっている。その図が頭に浮かんだ。

 ちなみに雪葉がトイレから帰ってきてからまだ2分も経ってない。


「あ~あ…やっちゃった……」

「悠人くんちょっとひどくない?」

「えっ、俺!?おまえらもノリノリだっただろ!」

「さぁ、何の話?誰も曹長とか言って悠人と遊んでないけど」

「お前もツンデレか!」


 そう嘯いたハナサキとユユギハラが、ため息を吐いてシンクロした動きでやれやれと肩をすくめた。

 何がやれやれだと言いたいが、状況を説明してくれそうなのがこの2人しかいなさそうなので黙る。


「雪葉ちゃんの胸の内はね、悪態つきたいけどカレシが喋ってるのは自分のトモダチだから、嫉妬してても簡単に文句が言えない」

「それに自分だけ仲間はずれ。なんの話してるのか聞きたくても、カレシのテンションは到底自分についていけるものではない」

「雪ちゃんは最初から話の輪の中にいないとハイテンションの集団に入ってけないからね~」


 ハナサキとユユギハラに諭され、ようやく理解した。

 つまり、俺は雪葉をのけ者にしていたということだ。

 そんなのっ……雪葉の目の前にして雪葉をのけものにするなんて許されるはずがない。


「……行ってくる」

「いってら~」

「ま、頑張ってね~」


 ドコまでもふざけた2人だったけど……それに勇気づけられて、俺はトイレの方向へと向かった。






 トイレの建物の裏で、しゃがみ込んで頭を押さえる。

 一人で応援する真似をやろうとしても恥ずかしくて無理なのに、どうして悠人の前でできるんだろうか。


 そりゃ私と別の、恥知らずな私に変わってもらえばいいのかもしれないけど、それはイヤだ。

 悠人がせっかくにお願いしてくれたことなんだからがやりたい。が、がやりたい。


 でも……できない。悔しくて、不覚にもぽろっと涙がこぼれた。止まらなくなる。ポタポタと涙が落ち続ける。

 そんな時…陰が差した。





PS:朝ドラのエールが異様に面白かったので、タイトルはエール。

 ハートとお星様とレビュー本文、宜しくお願いします!



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