第45話 (前の人・マッチ棒)


(前の人・マッチ棒)


「あっ、というまに本番か……」

「ん…長かった……」

「そうだな~…?いや違うだろ!まぁ…長かった気もするけど…」

「1日が濃密すぎて気付いたら当日だった」

「いろいろとかみ合ってないぞ!?」


 体育祭当日、校庭の端の石段に立ってまぶしい空を眺め、カッコつけていた…が。

 俺の横に座る雪葉が俺の格好付けを阻止した。


「おい合わせる気ありますか!?」

「ふふっ……ないかも?」


 そう言ってあざとく笑う雪葉は、コンビニ袋の中から何かを取り出した。ヒンヤリする例のお菓子だ。

 ぽいっと口の中に放り込む。幸せそうな顔をして、頬を押さえた。だらしなく緩んだ顔はスマホの待ち受けにして毎日眺めていたいぐらいに可愛い。


「おいしぃ……」

「大好きなんだな。アイスの果実、だっけ?」

「ん、これがなきゃ生きる意味がない……」


 そこまでかよ、と思いつつも少しそのお菓子に嫉妬した。

 彼女の生きる意味が数百円で買えるお菓子だなんて、少しプライドが傷つく。

 いつまでも立ってるのも馬鹿らしいのでいいかげん腰を下ろす。


「あともちろん……ゆ、悠人も……ね?」

「っ——ふ、不意打ちはずるいだろ……」

「だって…悠人の赤い顔、見たいんだもん」

「きょ、今日はからかいモード強めっすね…」


 稀に雪葉がツンデレモードじゃない時もある。

 雪葉は少し顔を曇らせて、こちらを心配そうに見上げた。


「私じゃダメ……?」

「なんで全員全モードそこでは卑屈なんだよ!別にどの雪葉でも俺はす…」

「ふ、不意打ち禁止っ!」

「…あ、すまん…」


 顔を真っ赤にさせた雪葉がバタバタと意味もなく手を振って、さけんだ。危うく好きだと言いかけたが、それは雪葉が卑屈すぎるのが悪い。

 ……というかそもそも彼女に向かって好きだって言えないのがオカシイのでは?


 ポケットから取り出したプログラムを眺めると、ハチマキを締めながらの雪葉が覗き込んできた。

 無意識なんだろうが、めちゃくちゃ近くて…ふわりとした雪葉の匂いが鼻をかすめ、肺を満たし、胸が高鳴った。


「騎馬戦……悠人は前の人…だった…?」

「ぶっ……」

「?」


 吹き出した俺に雪葉がハテナマークを浮かべる。

 前の人は心棒って言うんだぞ、と教えるのはやめた。言葉のチョイスのセンスが可愛かったから。


「あぁ前の人、だぜ?雪葉は上の人だっけか?」

「ん、体重的に横の人がよかったのに……。

 っ——た、体重はそのっ…エ、エムビーアイはぜんぜんっ普通だからっ……!」

「…BMIな?MBIは企業買収の形態の一つだぞ?」

「っ…い、言い間違えただけだから揚げ足取らないで…」

「おうおう。……なぁ雪葉」


 頭を抱えて恥ずかしがっていた雪葉がその状態でこちらを見る。小動物チックで可愛くて、目をそらす。


「頑張れよ」


 タメを少し作ってそう言うと、うれしそうな顔をして…すぐ顔を赤くした。


「っ…別にそんな事っ……言われるほどのことでもないからっ…!

 頑張れって目下に向かって言う言葉でっ…目上に言うならお疲れの出ませんようにだからっ!間違えないで…」


 俺は雪葉にとって目下なのか、と今更そんな事を知った。

 ツンデレが今日も可愛いことでなによりです。

 そう思ってると……再び不意打ちが来た。


「…あと…どっちも頑張る……」


 ぎゅっと膝の上で握りこぶしを作った雪葉の可愛すぎる発言に、どきっとしたのは秘密だ。


「だからお、お昼っ……一緒にたべてあげてもいいけどっ……」


 脈絡のないことを言い出すのも、雪葉の隠せてない照れ隠しの常套手段だ。俺を萌え殺す気か。


「あぁ、一緒に食べようか」

「んっ……食べよっ……」


 照れながらはにかんだ。




 応援で騒いでる集団にまぎれようとして勇敢にも走って行って……すぐに追い出されて戻ってきた。

 体つきの割に貧弱な悠人である。

 そして開口一番。


「俺さ、今更思い出したけど体育祭うぇーい系じゃねぇわ」

「今更過ぎ。悠人陰キャだし……」

「ぐっ……」


 悠人が胸を押さえて苦しそうにする…がホントのことだ、せいぜい現実に苦しめ。

 怒っているワケではない。別に…これぐらいで怒ったりなんてしない。

 悠人が私から離れて騒いでる集団に混ざろうとしたことが、私をおいて一人で騒ぎに行こうとしたことが、不満なワケじゃない。


「いいじゃん…こうやって見てるだけで…」

「…まぁそうか…」

「ん…それでいい…」


 ちょっとだけ悠人に体が寄ったのは、膝の上の指がせわしなく動くいているのは、別に何かを期待してるからではない。

 手を繋いだり、肩を寄せ合ったり…そんな暖かいものを期待しているわけじゃない。


 恥ずかしさに震えていると、寒いと勘違いしたのか……。


「雪葉、もしかして寒いのか?これ着とけ」


 ふわっ…と肩に掛けられたのは柔らかいジャンパー。先ほどまで悠人が着ていたものだと、そのぬくもりと匂いで判断する。

 悠人が夏休み前にくれたジャージは汚したくなかったから着てこなかった。


「っ……いらない……」

「横で震えられる方が困るんだよ。いいから着とけって」

「……」


 このままこのジャンパーもくすねてやろうか、とかわるい考えが浮かんだ。




「ひま……」


 応援をするわけでもなく、かといってハナちゃんとユユちゃんみたいにアリ地獄を作って遊ぶわけでもない私たちにとって、自分が出場していないときは暇でしかなかった。


「そうだな……」

「……ん……」


 ふと暇つぶしの遊びを思いついて悠人に両手の人差し指を突き出す。


「どした?」

「マッチ棒……そっち先手…」

「やるか?いいぜ」


 私はマッチ棒世界選手権があるなら絶対に負けない。なぜなら——。

 指が触れ合う……瞬間、ドキリと心臓がはねた。


「っ……」


 ふぅ、おちついて。

 定石通り、悠人の指に触れる。同時、悠人が伸ばした指が手に当たってドキリとした。

 こんなのっ……ドキドキが止まらないっ……。


 マッチ棒……単純計算で5の4乗の625通り…00や左右の組み合わせの重複を引いてだいたい300パターンもないはずっ…だ。

 そしてそのうちの150パターンぐらいは必死ルートにつながっている。

 となると……っ、全てのパターンを洗い出すのは簡単なことだ。プログラムでっ……機械にも試させて、必勝法はすでに見つけてあるっ……。


「お~い?雪葉?大丈夫か?さっきからピクピクしてるけど」

「…っ、か、考えてるだけだから…」


 先ほどから悠人のソフトタッチが私の心臓を跳ねさせる。

 我に返って状況を判断。必勝定石のルートからは外れていない。

 勝利の確信でうかれたのと指が触れ合うドキドキが相まって、悠人の指をたたいた。

 ……正解とは反対の指で。


 これまでの悠人の手は全て最善手。つまり、一手でも間違えると悠人の必勝ルートになる。

 そして悠人は一手も間違えることなく、必勝定石の棋譜を並べるかのように淡々とこなしていく。

 一度も悪手を指すことなく、悠人は勝ちのルートに進んだ。

 状況は私の手番で、私から順に(1,0) (1.0)。誰もが知る必死型になる。

 それでも、私は悠人の指をたたいた。


「…?」


 無言できょとんとしつつも悠人は一手も違えることなく淡々と私の指に触れる。

 私が投了しないのは決して……。


「俺の勝ちだな。どうしたんだ?顔赤いぞ?」


 別に……。


「べつにぃ……悠人の指に触れたかったわけじゃないし……。そのために最後までやったわけじゃないから……」

「っ——そ、そうか」


 少し焦ったような声。騙されてくれたと安堵する。

 その次の瞬間、悠人の声音が変わった。まるで、フウヤくんのような純粋ぶって人をからかうような薄い声に。


「あ〜あ、後手の必勝定石あるのに負けちゃったな」

「え……?」

「最初の方は意気揚々と定石をたどってたけど?もしかして動揺した?ドキドキした?」

「そ、そんなわけないっ!別に私は指が触れ合ったぐらいでドキドキなんかしてない!」

「そうか、じゃあこれもドキドキしないよな?」


 言いつつ悠人が私の指をとって、絡める。

 普通に手をつなぐよりも、こうして向かい合って指を軽く絡めるだけのほうがなまじっか……ドキドキした。


「わかってるくせに……イジワル……」


 恨みがましい目を向けつつも俺の指を振りはらわないで、目だけを逸らした。

 可愛すぎる雪葉に、心臓がアホみたいにはねていた。







【おまけ】


「なぁ悠人」

「なんだお前」


 いい加減恥ずかしくなってトイレに逃げた雪葉。その背中を見てにやけていると、後ろから声が掛かった。振り返らなくてもフウヤの声だとわかる。


「マッチ棒しようぜ。当然僕が後攻で」

「やるかボケ」


 野郎と指を絡めたら折角の雪葉成分が台無しだ。



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