第47話 (箱ティッシュ)
(箱ティッシュ)
影が差した。
少女漫画だとこういう時は私にとっての悠人みたいな人が来てくれる。けど……現実はそう上手くないし、悠人はそういう面でカッコいい登場はできない。
大事なところでコケるしふざけるし、悠人にこういうカッコイイのは似合わない。
だから、顔を上げて、こんがらがった。
そこには、コンビニ袋を提げた悠人が仁王立ちで立っていた。
自信ありげに口を開いた悠人は、かっこよく言う。
「こういうときに駆けつけるのって悠人じゃないのに、だろ?」
「なっ……!」
「バカにするな、俺だって時にはカッコつけたくなるしカッコいいんだぞ?
と、言うことでキメ台詞行くから、ドキドキでキュン死しないように準備しとけよ?」
何がこれからキメ台詞行くなんだ。とツッコミが頭の中に浮かんでしまい、涙が引っ込んだ。
悠人はコンビニ袋を投げて動き出す。はっきり言ってダサい。
「フレーッフレーっ…!ゆ、ゆき…はっ……。は…恥ずかし!なんだこの罰ゲームなみに恥ずかしすぎんだろ!
うわっ、黒歴史!?ぎゃぁぁぁっ!」
狂った。私の元からオカシイ彼氏がさらに狂った件、とか書けば売れるだろうか。
明らかにかっこ悪くて、見てるこっちまでもが恥ずかしくて悶えそうだった。
頭を抱えて、耳まで真っ赤にして、しゃがみこんだ悠人が指の間からこちらをみた。目が合った。
さっき悠人が狂いだしたのは、私と同じ高さにしゃがむためだったのかもしれない。ふと、そう思う。
それだけで胸がいっぱいになった。
「……その、すまん。いろいろと」
「……ん」
頷く。
「…さわるぞ?」
今度は私の答えも待たずに私に腕を伸ばしてきた。頭を乱雑に撫でられる。髪が乱れる、と文句を言いかけて…やめた。
引っ込んでいたはずの涙がひょっこりと顔を出す。で、止まらなくなった。代わりに漏れたのは、嗚咽だった。
普通の恋人がするようなことも恥ずかしくてできず、折角悠人からリクエストしてもらったことも恥ずかしがってできない。
自分の前で自分以外の女子と喋ってるところを見るだけで嫉妬して、悲しくて……ガキだ。私はどうしようもないガキだ。
いつの間にか優しくなっていた悠人の手がそれを柔らかく肯定しているみたいで、もっと涙が溢れてきた。
抱きしめてほしい、包んでほしい、今は…その手みたいに温かくしてほしい。
甘えたくなった。
「なんかいろいろごめんな?」
「いっ…ぃい…」
「持ってきた俺に感謝しながら一枚一枚使えよ?」
そう言って突き出してきたのは箱ティッシュだった。ポケットティッシュじゃないところが悠人らしくて、笑みがこぼれてしまう。
ガサゴソと音を立てて私の前に置かれたのはコンビニ袋。ここに捨てろ、ということだろう。
鼻をかんで目を拭い、グチャグチャの顔を拭いて、投げ込む。そして最後の一枚で涙を抑えた。
それから、口を開く。
「だ……抱いて…」
「っ――!…っ…わ、わかった…」
紛らわしい言い方するなよバカ、と呟きながら悠人がにじり寄り、私を撫でていた手を肩に滑りおろして、悠人が私を引っ張る。
そのままストン、と悠人の肩に額を載せる。
頭から悠人の手が離れて寂しくなって、ぐりぐりと額を押し付けると、反対の手で頭をなでてくれた。
温かくて落ち着いた。
「俺の服で鼻水ふくなよ?土まみれだし汗まみれだし」
自分の体操着が私の鼻水で汚れることより、私の顔が汗と土で汚れることを気にするとか、優先順位がオカシイ。
その優しさが嬉しくて悠人の首元に額を埋めた。
今度はドキドキが増していく。近くて、悠人の匂いが濃くて、悠人の暖かいのがすぐ感じられて…ドキドキし始めた。
言ってほしくなる。こういうときに、キメ台詞は決めてほしい。
願いが届いたのか、悠人が口を開いた。
「なんかこう言うの似合わないけどさ。雪葉」
「……」
「俺は好きだから、安心しろ」
気絶する、なんてことはなかった。
鼓動が速くなるけど、ドクドクと心臓の音が聞こえてしまいそうだけれど、恥ずかしさじゃなくて幸せが勝った。
同じように、言いたかった。悠人の服を掴んで私も口を開く。
言いたい、言いたい……のに。
「バカ……。ごめん……ごめんっ。……こんなわたしで……ごめん……」
言えない。その言葉だけ、フィルターをかけたように言えない。こんなに思ってるのに、こんなにいいたいのに、言えなかった。
情けなくて、悔しくて、嫌われたくなくて、堰を切って溢れてきた涙。
ため息とともに、悠人が口を開いた。
「こんな雪葉が、俺は大事だ」
「……私も……大事……」
「萌え殺す気かバカ。かわいいかよ」
「っ——」
空気を読まずそんなことを言った罰として。ドスドスと悠人の胸をたたいた。
「行くか」
「ん」
立ち上がろうとして……足が崩れた。倒れるギリギリで悠人が私の肩を掴んで支えてくれる。
ジンジンと、足の感覚が麻痺していた。
「どうした?」
「あ、あしが……しびれた……」
「はぁ……ったく、しかたねぇなぁ」
同時、体がふわりと浮いた。
膝裏と腋に差し込まれた悠人の腕を感じる。目の前には青空と悠人。腕が勝手に悠人の首に絡まった。
いくか、とその優しい言葉に頷く。
『高校二年短距離走選手は速やかに入場門前に集合してください』
アナウンスが聞こえた。雪葉を見下ろして…目が合う。
恥ずかしくなって目を逸らすと、俺の首に力を掛けて雪葉が体を起こした。そして俺の耳元でささやく。
「ふれーっ、ふれーっ、ゆ、う、と」
必然的に、雪葉が長距離走に出る時は俺がささやかなければいけなくなった。
PS:短いけど最後が萌えたから許せ。
体育祭はなんかイベントが意外と思いつかなかったので、以後カットします。
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