第48話 (青信号・スマホ)
(青信号・スマホ)
体育祭が終わって月曜日。のんびりと雪葉と並んで歩く帰り道のことだった。
ちょうど横断歩道にひっかかる。
「交歓会か~」
体育祭が終わった翌週末……つまり今週末の日曜日、各色で集まってわちゃわちゃする会がある。
先輩と連絡先を交換したり云々……体育祭にあまり熱を入れていない俺としてはあまり行く気はない。
参加は自由だけど、雰囲気が強制的に参加させる方へ傾いている。ちなみに去年はすることがないから行った。
「ん……悠人行くの?」
今週の金曜日、つまり明々後日が悠人の誕生日。
その週末は…デー、…トの約束をしている。
だから悠人は交換会に行くはずないけど、聞きたくなった。
改めて、交歓会より私を優先することを肯定する言葉を聞きたくなっただけだ。
めんどくさい女とでも好き罵れ、私は悠人に愛されてるならそれでいい……っ!今の発言なしっ!
頭の中で怒鳴り合いを展開させていると、悠人が間延びした声を出した。
「そうだな~どうしよっかな~」
「ッ――――――――――!?」
忘れてる……?
目の前が真っ暗になっていくのを感じる。
視界がぼやけて、泣いてるのかと思って、泣きそうになる。
胸に風が吹き抜けて、暗闇に落ちていく。
落ちる、落ちる、おち…。
「でもなぁ、やっぱ雪葉と二人で遊んだ方が楽しいし」
我に返った瞬間、イラッとしてしまう。
さっきまでの悲しいのはどこへ、悠人に選ばれたことの嬉しさがこみあげて、涙が引っ込み、単純でどうしようもない自分にイラッとした。
そして約束を忘れた悠人にもイラッとする。
だから……八つ当たり先は当然、悠人になった。
口より先に手が出かけるクセは直らない。威力を上げるため悠人に向かって反対方向に引いて、突き出した腕は…。
「土曜に雪葉と遊びに行くからさ、ついでに日曜も一緒に遊びに出かける?とか考えたけど二日連続は財布に痛いしな〜。
まぁどちらにしろ行かないかな。雪葉は?」
寸前で止まった。別に悠人は約束を忘れていなかったようだ。
そして勝手に勘違いして悲しんで怒ってバカみたいな自分に…こんどは呆れた。
でもって、土曜も学校が休みだということを忘れていた私に呆れた。
だから、中途半端に伸びた腕をゆっくりと突き出して悠人のおなかを殴る。
というより、拳で触れる。
「っ?どうした?」
「ばか……」
「はい――?いやいやっ、なんで顔赤いの!?いま無意識のうちに雪葉のこと恥ずかしがらせたの!?」
「バカ、ばかばかばかばか……」
「バカを連呼するなバカ」
「バカは悠人ッ!」
「……何があったかしらないけど、帰るぞ?」
そして悠人は体育祭以来、下校時にずっと繋いでなかった手を、私の手を久しぶりに取ってくれた。そして握る。優しく、割れ物を握るように。
悠人は少し悪戯っぽく口角をあげた。
「別に週末のデート、忘れてないからな?」
「っ――ばか……」
「あぁ、バカですまんかったな」
「すき……」
何の気なしにぽろっと漏れて…言ってから気付いた。
あれ?私今なんて言った?
「信号青になったぞ?どうしたんだ?」
でも、聞こえてなかったようだ。
安心したけど、ちょっと不満だった……っ、わけじゃないけど!せっかく、ぽろっと零したレアな言葉を拾ってくれなかったからイラっとした訳じゃないけど!
その先、すこしふてくされてしまったのはそのせいじゃない。
「何着てこ……」
今日は悠人とのデートの日だ。なんの気なしにデートと言えるようになった自分に嬉しくなる。
プレゼントを渡すのはなんとなく誕生日当日よりも遊びに行く日の方がいい、ってなった。
『できれば夜まで、時間取っててくれるか?』
その言葉に、少しだけドキリとする。思い出すたびに顔が赤くなって、しゃがみ込んでしまう。
こわいけど…少なくても今は、期待している、ハッキリと自覚していた。
だからお父さんにもお兄ちゃんにも、今日はトモダチの家に、ハナちゃんの家に行くと言っている。ハナちゃんに口裏合わせは頼んでおいた。
「汚しちゃってもいい服……」
どうせ脱がされるのだから…とか、そう言うことはホントに考えてない……はずだ。
コウノトリがどうのこうの、おんなじ布団でどうのこうの…なんて夢物語は高校に入ってから嘘だと知った。保険の授業で習ったから。
また、ハナちゃんが私に"そういう"話を聞かせようとしないから自分で調べた。そのころは衝撃的でスマホを投げてしまったけど…。
「プレゼントおっけー、服おっけー、荷物おっけー……大丈夫。いこう」
すこし高鳴る胸とともに、部屋を出た。大学四年の悠人の誕生日だった。
地下鉄から地上に上がってすぐのところで、悠人がこちらを見て立っていた。駆け上がっていたせいで少し辛かったけど、後少しだと、足に力を入れる。
スマホを触らずに私が来るのをただ待つ、そんなところが彼氏自慢のポイントだ。バカなのかと思うぐらいに、私といるときはスマホを触りたがらない。
「雪葉、おはよ」
「おはよ……お待たせ」
「あぁ、待った待った」
全然待ってないよ?なんて定型句を言わなくなったところが、交際歴が感じられて嬉しいような、初々しさを失って悲しいような。
悠人はロマンチストではないから、逆にロマンぶっこわしマンなので、あまり期待しないようにしている。
どんな人間にも欠点はあるものだ。
顔をそらして天気のことを言い出した悠人に合わせてしゃべる。そしてホントにどーでもいい雑談を数分した後、悠人が歩き始めた。
私の息が戻るのを待っていてくれたのかと気づいて、嬉しくなった。
これが彼氏自慢のポイント2だ。しっかり見ないと気づけないぐらい小さな気遣いがうまい。
歩幅と歩調も合わせてくれていることもささやかな嬉しさのタネだ。
「俺の誕生日なのに俺がデートプラン考えるのヘンだと思うけど、付き合って。ちょっといろいろ考えたからさ。
……というか、高校の思い出巡り的な?」
言われてすぐに思い出す。高校2年の今日も悠人の誕生日祝いのデートもここに集合した。
あの時も悠人はスマホを触らず待っていてくれて、不器用ながら遅れた私の息が整うのを待ってくれていた。
張り切っていつもより大人っぽい服を選んだことについての言及がなくて、不満だ。
そんなことを考えつつ頷くと、考えが伝わったのか悠人は苦笑した。
「服、似合ってる。いつも以上に可愛い。行こうか」
「んっ!いこっ」
今日は私から悠人の手を取ることにした。悠人の手に私の手を滑り込ませて、握る。
それに驚いたのか少し悠人は固まって、繋いだ手を見て、そして昔と同じように優しく笑った。
「今日はこっちにするか?」
するり、と手首が優しくひねられて、悠人の指が私の指に絡みつく。ニヤリ、と悠人が笑って握る力を強めた。
指の間が圧迫されて痛かったけど、同時に嬉しかった。
だから肩をもっと寄せて、密着して歩いた。
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