第49話 (直立型・ペンダント)


 (直立型・ペンダント)


 スイーツ専門店、男の影は少ない。いたとしても彼女に無理矢理引っ張られてきて、手持ち無沙汰に彼女を眺める男だ。

 スイーツを食べて顔をほころばせる男は一人しかいなかった。


「しあわせ……」

「……ごめん」


 パンケーキを頬張って、幸せな気分に浸っていると、脈絡もなく雪葉が謝った。そして俺と同じようにパンケーキを頬張り、少し遠慮がちに頬を緩める。


「何で謝ったんだ?」

「……怒らない?」

「別に怒んねぇしこんなところで大声出さねぇよ」


 口についたクリームを拭いながら、雪葉が少し身を引いて言った。


「悠人の見た目と性格に対してのスイーツ男子という肩書きに引いた」

「ぐっ……結構刺さったぞ。慰謝料寄越せ……」

「ヤダ、断固拒否」

「ひでぇな」


 俺は雪葉がドン引くぐらいにスイーツが好きなのである。

 いや、なったのである。

 、雪葉に各地のスイーツ専門店に連れ回されているうちに、スイーツ男子になったのである。

 その原点は、数年前の今日。高二の俺の誕生日だった。




「はぁ、スイーツ店ですか」

「ん。前々から行きたかった」

「おいちょっと待て、俺の誕生日というのはいずこへ?」

「……だめ?」


 上目遣いで聞かれてダメな訳がなく、首を横に振った。


「イヤな訳じゃないしむしろ嬉しかったりもする」

「ん……ごきょうりょくにかんしゃします」

「おう、というか人様のデートプランに文句つけるのはマナー違反だったな。すまん」

「べつにいい……」


 スイーツ屋の前。少し行列ができてたけど、俺が聞く前に行列用のパイプ椅子に腰を下ろした雪葉。そしてその横の椅子の座面を撫で、柔らかい笑みをこちらに向けた。

 座れ、ということらしい。言われた通り腰を下ろす。


「よっと……待ち時間、どうする?」


 スマホを触って時間を潰すのが普通なのだろうが……生憎、沈黙が続いても雪葉と二人きりの時にスマホは触りたくない。

 雪葉も同じように考えたのか、……スマホを取り出すことはなかった。


 スマホより隣にいる大事な人、そう口に出せたら絶対に雪葉は俺に惚れ直す……が、気恥ずかしくて言うのをためらった。


「何もしなくていい……」


 何もしなくても私は隣に悠人が感じられたら幸せだ、なんて口が、もとより喉が裂けても言わない。その前に舌を噛んで死んでやる。

 でも死んだら悠人が悲しむかな…悲しんでくれるよね…だったら嬉しいな……死なないようにしよ。


 こんな感じで、隣に悠人がいるだけでドキドキしてしまい…別に暇つぶしなんてレベルじゃなく、充実した時間を過ごすことができる。


 指で膝をテンポよく打ちつつ、妄想を膨らませる。


「横空いたぞ、詰めようぜ」

「あっ、ん……」


 後ろの窓から差し込む光が柔らかい。悠人のジャンパーに包まれて、その上から暖かい雰囲気に包まれて……幸せだった。




「で、あのまま寝落ちしちゃったんだよな」

「っ、別にそれぐらい……。うたた寝レベルだったし」

「うたた寝って担がれて運ばれても気付かないんだな」

「そ、それはっ……」

「大変だったんだぞ?机より上に足もちあげたら衛生的にマナー違反だし」


 待ち時間の間に寝落ちしてしまった雪葉を運ぶべく、直立型お姫様抱っこをしたのだ。

 しかし負担が冗談にはできないレベルで掛かって……誕生日デートの翌日に筋肉痛になるという、すこし意味不なことになった。


「だって悠人のよこだと安心して眠くなっちゃうし……」

「っ——」

「あ、悠人恥ずかしいの?顔赤いけど」

「い、いや、なんでもない」


 いつの間にか俺をからかうことを覚えた雪葉は、時々こうやってからかってくる。

 反撃のために雪葉をからかうネタを探して……雪葉の胸元がいびつに膨らんでいるのを見つけた。ネックレスにしても少し大きすぎるそれは……。


「アレ?雪葉、首にかけてるのってもしかして……」

「そ、それも不問っ!」

「しーっ」

「あっ……」


 周りを見て肩を小さくした雪葉は服の中を覗く。そして耳まで真っ赤にした。顔を戻した雪葉と目が合うと、目をそらされる。

 そしてそらしたまま、雪葉は口を開いた。


「あの時の約束、忘れてないよね……?」


 ドキリとさせられた。






「ん~美味しい……」

「結構美味いな……これだったら家で作れるか…?」


 家での役割が家事全般な分、美味しい食べ物は全部家で作れないか考えてしまう。

 このパンケーキがその対象だった。


「無理、私が諦めたから無理」


 雪葉は強く否定しつつ口を拭き、ふと胸元当たりをなでた。そして幸せそうにほほをだらしなく緩める。

 今度は服の中を覗き込み、耳まで真っ赤にさせた。


 何を入れてるんだ?ペンダントか?


 顔を上げた雪葉と目が合い、大げさに慌てて体をのけぞらせて目をそらした。


「なっ、なに……?」

「いや、なんのペンダントなんだ?」

「そ、それは……」


 目を逸らしつつ、ごにょごにょと言葉を濁した。

 ふと思いついて、まさかとは思いつつ……ほとんどからかい、冗談のつもりで口を開いた。


「もしかして夏祭りの指輪とか?」

「ッ――!ど、どうして!?」

「当たってんのっ!?」


 ざわめきがピタリとやむ。周りを見ると…こちらに視線が集まっていた。頭を下げつつ、声を抑えて机に身を乗り出す。

 夏祭りの的屋の賞品のプラスチックの指輪は、雪葉にあげたまま、その存在を忘れていた。対し雪葉はずっと覚えていたのか。


「マジで……?」

「さ、さぁ?しらないっ……」


 ぷい、とそっぽを向いたときは話す気がないサインだ。おとなしく引き下がるが吉。でも、顔はにやけてしまう。

 オモチャの指輪でも、首にかけてくれてるのか。そうか……俺があげたからかな?だとしたら嬉しいな。


「ニヤニヤしないで変態……」


 こちらにジト目を向けて、雪葉はケーキを頬張った。

 変態と言われたので仕返しにと、口を開く。


「いつか本物の指輪、あげるからな?」

「ばかっ……。……クレープ、だから」

「ぶっ……げほっ、げほっ……」


 確約された未来にむせて口を抑えて、雪葉を見上げると……ゆでだこのように真っ赤な顔で、もう一度雪葉が言った。


「クレープ、破ったら承知しないから……」








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