第3話 (蜘蛛・雲・くも)


(蜘蛛・雲・くも)


「前回でパソコンの使い方は教えましたので今回から二人一組でペアを作って、皆さんご存じのね。この学校の親会社って言い方で伝わるかしら?

 まぁその青京会社の広告の制作をしま~す」


 情報——その又の名はPC、技術と呼ばれている。

 ちなみにこの学校は青京高校という名前だ。


「制作期間は一学期間全部で〜す。優秀作品には賞品と……青京の人たちが会議してよかったら、そのまま広告として使われま〜す。ではそれぞれ概要のプリントを配るのでそしたら好きに組んで下さ~い」


 教室をぐるっと見回す……と雪葉と目が合った。なんとなく視線を逸らすと向こうも逸らしていた。

 出来ることなら雪葉と組みたいと思うが……。


「ねぇ雪葉ちゃん組まない?」

「ねぇ雪ちゃんは彼氏と組むでしょ。私を誘いなさいよっ」

「だってねぇ……あんた機械音痴じゃん。まぁいいけど」

「余計なお世話。私だって箱形テレビ叩くのは得意なのよ♡ 右手の角度は45度ね。じゃ、雪ちゃん、彼氏取られないように速く誘うのよ?」


 そんな声と共に、雪葉が近づいてくる気配がした。全部聞こえているだけに、気恥ずかしくて背を向けてしまう。


「……くも……」


 その小さな声と赤い顔を見ると心臓が意味もなく跳ねた。その気恥ずかしさが俺に『うん』といわせない。


「へ? くも? あぁ、今日は曇りだな」


 窓から明るい太陽の光が差し込んできた。

 どこからどう見ても曇りじゃ無い。快晴だ。


「……っ」


 悔しそうに雪葉の唇が震え出す。

 同時に女子達から雪葉の背中越しに睨まれた。

 背筋を冷や汗が伝う悪寒がして、気恥ずかしさで赤くなっていた顔を叩いて雪葉に言う。


「ごめんごめん。よし、組もうか」

「……っ、組もうなんていってないっ。悠人と組みたいなんて思ってない……」


 言いつつ、俺の前から動こうとはしない。

 備考:雪葉は頑固である。


 えっと……とりあえず睨むの止めてもらっていいですか?

 視線を感じて顔をあげると、雪葉の友達が俺を睨んできていた。顔でそう伝えるも、彼女たちはいっそうますます俺を睨むばかり。


 深呼吸を一つ、未だ俺の前を動かない雪葉に言う。


「あ、うん……俺と組んでくれないか? 組もうぜ?」

「——蜘蛛、ってなに? ここ新築だけど」

「あ、そうじゃなくてペアを組むって意味で……」

「知ってるけど、イヤ。悠人意地悪するし、組みたくないっ」

「ごめん。謝る。ちょっと気恥ずかしかった。でも俺は、本当は雪葉と組みたいな~って思ってる」

「……そっちが誘って来たから組んであげるだけだから……ね? 勘違いしないでね」


 そう言うやいなや、雪葉は俺の隣に座る。

 正直、ツンデレの常套句が可愛すぎて鼻血が出そうだった。


「組んでくれてありがとな。よろしく」

「ん……。こちらこそ、よろしくしてあげる」


 傲慢なセリフとは真逆に、恥ずかしげに頷く雪葉が可愛かったのを記憶している。





「よしっ、まずは書きたいことまとめてくか」

「ん……」


 課題内容はコンサル向け。商品宣伝じゃなくて、他会社への売り込みの広告だ。何故それを生徒に作らせる? アホか。

 なんというか、クソくらえ。

 配られた会社の情報がまとめられた冊子を捲って、赤ペンを筆箱から取り出す。


「ん~まぁ経歴とかはいらんよな〜実績は必要かも。広告だし」


 線を引いていく……と、雪葉が呟いた。


「悠人、対応姿勢って書いてある部分。これキャッチコピー作るのに使える……」

「ん? どこだ?」

「四枚目の下から二段落目」


 え~っと……どこだ?

 数秒探して、悟る。これ、探しても見つからないやつだ、と。

 すると雪葉が俺の冊子に顔をのぞかせて指をさした。


「ここ。ほら」

「あっ、ごめんっ」

「別にいい、それより分かった? それよりティッシュある?」


 雪葉の顔が急に近づいてドキってした。それがペン先をズらして雪葉の薬指の爪を滑る。赤い線が綺麗な爪に残る。

 慌てて謝ると、雪葉は肩をすくめながら静かに返した。


「おう、サンキュ。で、ちょっと待って——あるはず……」


 ポケットの中を探ると、何ヶ月前のものだろうか、登校路で配られるような安っぽいポケットティッシュがあった。

 俺はくしゃくしゃになったソレを取り出し封を切り、雪葉の手を持ち上げて、爪を拭く。

 そこに俺は何の下心も抱いていないのに、雪は少し、びくってした。



 *



 私は——変なことを妄想してしまった。

 悠人が私の爪を拭くところが、私の指に指輪を嵌めるみたいで——っ! だめっ、こんな妄想はだめっ! バカみたいっ!


 自分に呟いた心の声が、思わず口に出てしまう。


「バカッ……」

「えと……ごめん、よくわかんない。——よしっ、取れた」

「っ……私はそんな——っこんしたいなんて、思ってない……ないったらないっ!」


 変な妄想をすぐにでも打ち壊さなきゃ、いつ口から零れるか分かったものじゃない。



 悠人が不思議そうな顔で首を傾げてるのも知らず、すでに妄想が口から零れているとも知らず、くり広がる妄想を抑えるため、頭を抱えた。




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