第2話 (信号機)


 (信号機)


 ぼっちだから昼休みに本を読んでるわけではない。そもそも読んでねぇし。実際は雪葉の会話に聞き耳立ててるだけだし。

 けっ……。


 そう心につぶやいて、俺は耳をそばたてる。


「雪ちゃんさ、カレピッピのどこがいいの?」

「顔はいいほうだけど雪葉ちゃんには合わない気がするんだよね〜」


 俺の事が話題なんだから気になって仕方がない。俺はそう言い訳して盗み見るように振り向く。

 そこには雪葉と、その親友であろう三人組。

 会話の内容は……俺の事だよな? 多分あってる……はず。

 なぜか不安になった。


 雪葉は今の俺の心と同じぐらいおどおどしながら口を開く。


「えっと、その、いいところっていうのは——」

「お〜いゆうと〜」

「んぁ?」

「あ、やっぱなんでもねぇわ。ゲームするやつ挙手っ!」


 話しかけられて、勝手に呆れた顔をされ、諦められて切り捨てられた。腹は立ったが、今は雪葉のデレデレポイントの方が気になる。

 だから、なんだったんだよ、とは思いつつ彼女らの会話に意識を戻したが、すでに雪葉は喋り終わっていた。

 あいつの聞きそびれたじゃねぇか! くそっ!


「そっかぁ……気付いてくれるんだ」

「やるじゃん、へぇ〜」


 視線を向けると、軽い口調で言った女子が俺と目を合わせて挑戦的に口角を上げた。

 数秒、『あれ? 俺なんで見つめてんだ?』って思って焦って視線をそらす。品定めされた気分になって本に目を戻した。

 そこで、本が逆さまなことに気付いた。


「……ん。優しい」


 今度は横目で見ると雪葉が赤い顔をこくりと縦に振っていた。

 胸が不意に強く跳ねる。なんかクールなのにああいう動きってギャップ萌えが激しいんだよなぁ…。


「何してほしい?その、接触的な意味で」

「ん……悠人と」


 おっとぉ。お兄さんすごく変な妄想しちゃうよ? エロッチィこと妄想しちゃうぞぉ? 夜なり大人なりのいとなみ……。

 さぁて、雪葉の願望はピンク色のことなのか! それとも純白真っ白なのか!


「——たい……」


 雪葉の声が脳内実況にかき消されたのは誤算だ。

 変な脳内実況はもうやめよう。そう心に決めた。

 本を閉じるついでに、知らぬ間に口から大きなため息がこぼれていた。





「……なぁ、雪葉。昼休み何話してたんだ?」

「きっ、聞いてた?」

「まぁな。でも何がしたいのかは聞こえなかった」


 帰り道、聞けば雪葉は焦った顔をした。そしてボッという効果音と共に真っ赤になる。

 おっ、エロいことなのか? と少し期待した。


「なんて言ってたんだ?」

「……なんにも言ってない」

「なぁ教えてくれよ。聞きたいな〜」

「やだ……」


 何回か問答をしているうちに帰路が分岐する交差点に着いた。

 教科書を返す時に雪葉が口を開く。


「私は悠人と……」


 同時、バイクの轟音が雪葉の声をかき消した。


「——ぎたい、って言った。じゃあねっ」


 雪葉は顔を赤らめ、慌てたように別れの挨拶をして、まだ赤色のままの信号を渡ろうとする。それに気がついたのは、車が雪葉に対してクラクションを鳴らしている瞬間だった。

 慌てて彼女の手を強く握り、引き寄せる。


「ひゃっ……!」

「危ねぇんだよっ、気ぃつけろっ! 何少女漫画なことしてんだよ! 洒落になんねぇよ!」


 目の前を通り過ぎたトラックに、横断歩道が赤信号であることに気がついた雪葉は数秒の硬直、そして俺を見上げ、逃げようとジタバタし始める。

 それを逃がさないように強く雪葉の腕を掴みなおすと、徐々におとなしくなった。沈黙が流れる。

 何て言ったんだろう、と気になったと同時に信号が青に変わった。まぁ恥ずかしがってたし聞かなくてもいいか、と思い直す。


「——じゃあ明日な」

「……ぁ、ありがとっ」


 雪葉は早口でそう言って、逃げるように横断歩道を渡る。

 それをぼーっと見送っていた俺には、雪葉の声が聞こえるわけが無い。何せここは大通り、車の走る音はただでさえ会話に支障があったのだから。


「手、早速繋げちゃった……やった……」





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