第4話 (気化・殻)
(気化・殻)
きょ〜う〜は〜べんとっうぅ〜。からあっげ〜!
なんて……へんな歌を歌うぐらい動揺していたんだ。まぁ動揺は隠せるから表には出てこないけど。
てか俺以上に動揺してるのは雪葉だな。
自分から弁当持って近づいてきたくせして動揺、というか緊張してるのは……いや、彼女の性格を考えればおかしくないな。
フゥ……落ち着こう。
「ゆ、悠人いっ……。た、たべ……」
「一緒に食うか? 確かそこの席のやつ学食だし座れよ」
「え、あ……じゃ、じゃあ座ってあげる……」
さて、なぜ動揺していたか。うぶな俺たちは昼食を一緒にとることに気恥ずかしさを覚えていたのさ。
まぁ、俺の場合動揺してる雪葉を見て逆に落ち着いたが。
ここまでの俺の行動も発言も間違っていなかった。あたかも俺が昼飯を一緒に食べようと誘ったことにして、雪葉の羞恥心を煽らないようにする。
ここまでは良かったんだ。でも外部から煽ってくる奴がいるのは考えてなかった。
「おい悠人! お前何普通に弁当イベントこなしてんだよ!」
「違ぇよ! お前は黙ってろ!」
「……っ、違うから。別にそういうわけじゃないし。勝手に悠人が誘ってきてから仕方なくだし」
雪葉のふて腐れた顔が可愛いからと言って俺は調子に乗らない。雪葉が最初に『食べよう』って途切れながら言ったんだぞ! めっちゃ可愛く!
「おい雪葉!」
「……なに? うるさい、変な目で見られるからやめて。折角一緒にご飯食べてあげようと思ってたけど気分削がれそう。
じゃあいただきます」
「い、いただきます……」
「悠人め……覚えてろっ!」
それは俺のセリフだ。
正直『ツン』が『ツン』過ぎて目から汗が垂れるが。冷徹な顔の割に目の下が少し赤いことが唯一の救いだ。
数分経てば雪葉の冷徹さは融解する。そのまま気化すればいいのに。毒舌が抜けた雪葉の方がやっぱ好き。
て、いうか思った。俺と雪葉は付き合ってるんだ。文句を言われる筋合いはない。
「雪葉の弁当美味しそうだな」
「……あげたくないけど、ど、どうしても欲しいならあげる」
とかいいつつ最初から弁当の隅に寄せられていた卵焼きを俺の弁当に移す。てか俺欲しいって言ってないし。欲しいけど。
「おいお前!」
「お前は黙ってろ」
「黙って。物乞いに餌をやるぐらい人道的に必要な事……」
「人の事物乞い言うな! この毒舌ンデレ!」
「……? 死ぬ?」
「卵焼きくれてありがとうな〜。いただきま~す」
クラスメイトにからかわれると途端に毒舌S嬢になるのはやめてくれ。心が痛い。鼻からこぼれる水と共に玉子焼きを口に含む。俺特製のあんかけ卵焼きは美味しくなかった。
まぁ毒舌になるのは恥ずかしいからなんだろうけど……。
それにしてもだし巻き卵か。親父が作ってくれてたのとは違うけど確かにだし巻き卵だ。
「ど、どう?」
「美味いっ、久しぶりにだし巻き食った!」
「よかった……私が作ったから」
「え? これ手作り?」
「ん……」
「卵焼きってムズいのにすごいな! お返しにこれいるか?」
俺はおかずの唐揚げを箸で指す。昨日の夕飯の残りだ。
「えっ、い、いらないっ」
「あ、そう……」
結構凹む。そんな即答しなくてもいいじゃん。かなり頑張って作ったんだし……。
そう思いつつ、雪葉の卵焼きを噛む。
ちなみに唐揚げは二種類ある。弁当の端の方のが母親作、真ん中の方が俺作の衣で揚げられている。なぜ俺が作ったか? それは——聞くな。ちょっとしたお料理男子がイキって彼女に自作飯を食べて欲しくなっただけなのだ。
だがちなみに雪葉に勧めたのは母親作の方。なぜなら——
「けけけ、けどっ、く、くれるなら勿体ないからもらうっ」
雪葉はそう言いながら即座に、俺の弁当から唐揚げを奪い去り、俺が顔を上げた時には既に唐揚げを囓っていた。
リスのように齧るのは反則すぎる……。可愛いすぎてなにも反応できない……。
「そっち、俺の手作りなんだけど……」
雪葉は一度咀嚼し、一瞬眉をひそめ、若干の苦笑いをした。
そして俺の言葉を聞き、自分の囓った唐揚げをじっくり見た後、俺を見て、冷徹と羞恥心のない純粋に嬉しそうな笑みをぱぁっと浮かべた。
なんだか嬉しくなってしまい、俺も笑みを浮かべる。
次の瞬間、卵の殻を噛み砕いた気がしたが、気にしないでおこう。誰にだって失敗はあるのだ。
——俺が唐揚げの衣作りで、砂糖と塩を間違えてしまったように——。
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