第0章 ソルティーシュガーと彼女

第0話  (Salty Sugar)

 ※この作品は雪葉と悠人が付き合う前の話ですが、雪葉も悠人も、少し性格が違って見えると思いますけど気にしないでください。

 あまり伏線はないので、ツンデレの間違った頑張りのベクトルをただ単純にお楽しみ下さい。



 (Salty Sugarしょっぱいおさとう


「邪魔」

「はい?」

「バッグ、道塞いでる」


 そこまで邪魔してねぇし、普通に通れるスペースだろ。

 ならお前はもう一列向こうの通路から自席に向かえばいいだろ?

 でもそういう愚痴は心の中におさめてリュックを手で押さえて通路を広くした。


「あぁ、すまん」


 一度だけ、何言ってるんだそこまで言われるほどじゃないだろと言い返したことがある。

 そしたらコイツは嬉しそうに、その舌で毒をまき散らしたんだ。見て分からない? とか、モラルがないの? とか、私が矯正してあげるしかないみたいね、とか。

 揺れるポニーテールを見送り、抑えていたバッグを手放す。


「っ~!」


 話しかけられた自分良し! だけど無愛想すぎた気がする。嫌われちゃったかもしれない――嫌われただろうとは、心の中にぼやくだけでも悲しくなって泣きたくなるので、分かってても言わなかった。

 チラッと振り返ると、彼と目が合った。目が離せなくなってしまう。彼は綺麗だ、すいこまれるように見入ってしまう。

 するとふと、彼が視線を逸らした。視界がぼやける。泣きたくなった。なんで私は泣くほど悲しくなるのに、本人を前にして優しくなれないんだ。


「雪ちゃんおっは~」

「おはよ。ハナちゃん……ぐすっ、嫌われたかも……こんな私で、ごめんなさい……ぐすっ」


 チッ、見とれちまった。

 もう一度、今度は友達に話しかけられているヤツを見る。

 俺の好きなポニーテール。黒髪、物静かでクール。毒舌ということを除けば、俺のドタイプなのだ。

 だけど彼女は俺に対して、めちゃめちゃトゲトゲしい。




「っ! うげぇっ」

「空振り三振! バッターアウト!」

「これはサッカーだバカ!」


 渾身の蹴りを見事にすかして前にこける。これだから球技は嫌いだ。サッカーの授業なんてクソ食らえ。

 立ち上がってボールに向かおうとした、けど、足に小さな痛みが走る。

 見下ろすと見事に膝がズリ剥けていた。結構グロい。


「うぇ、いっつ」


 走ろうとするとヒリヒリする。保健室――いや、たかがコレ如きの擦り傷で? なんか面倒だな。

 その時、横から手が伸びてきた。その手には絆創膏がある。


「お、さんきゅ――っ!」

「先にその汚いのを水で流して」


 こいつは顔をそっぽ向けながら、というか、興味なさそうに俺に視線は向けないまま、絆創膏を突き出している。

 折角の厚意だ、癪だけど受け取る。そして、お礼を言わないわけにはいかない。


「サンキュ」

「ん……」


 素っ気ない態度だけど、いい奴なのか?

 いや、汚いって人のケガをなんだと思ってるんだよ。人を穢れた血よばわりするきか?

 やっぱ毒舌には変わらねぇか。ケッ。



 足を少し引きずって、水道に向かう彼の背中を見てると、達成感でドキドキしてきた。


「えへへ」


 だらしない笑みがどうしても浮かんでしまうから、顔を手で押さえる。

 こんな私の絆創膏も受け取ってくれた。

 少し無愛想だけどサンキュって言ってくれた。えへへ、やっぱり好き。

 ちゃんと気遣いも出来たし、ちょっとイイコトできた。これでさっきの分は帳消しかな?

 『先にその汚いの雑菌を水で流して』って……にへへ。しっかりものアピールもできたな。




「うげ、あんま走れねぇ」

「そこに突っ立たれても邪魔、走れないならどうせムリ」

「っ……はいはい、でもたかが擦り傷で見学なんかできるかって話だ。邪魔ならすまなかったな」


 なぜにコイツは俺に突っかかってくるのか。そんな事を考えるのはとっくの昔に諦めた。

 例えば生き別れの双子の妹か? とか思ったけどんなこたぁ、ラノベの読みすぎでも信じらんねぇ。


「ケガが広がる。走れないならまたこける」

「別に今度こけても絆創膏はいらねぇよ。なぁ、なんでそんなにつっかかってくるんだよ」

「どうしても視界に入る。目につく」


 それだけ俺はコイツにとってうざったい存在って事なのか。

 言われて少し傷つく。俺なんにも悪いことしてないのに。


「お~い! 悠人!」


 突然呼ばれて振り向く――と、ボールが眼前に迫っていた。

 なんとか首をねじ曲げて避けようとする。瞬間、大きな音が鳴った。目はつむっていたから、なにも見えなかったけど、事後を見て状況は理解できた。


 飛んでいくボールと、上げていた片足を下ろしながら着地するコイツ。

 後ろ跳び回し蹴りをした、ということだ。


「ホラ、ケガしかけた。どうせ(足が)使えないんだから見学して」

「っ……」


 使えない、と言って俺に背中を向ける。

 確かにケガしなかったのはコイツの蹴り技のお陰だし、いつものように走れない俺はチームとして邪魔だ。

 でも言い方って物があるんじゃね?


「うるせぇな、俺がケガしようと勝手だろ」

「っ」


 俺を無視して歩こうとしたコイツが一瞬、身体をぐらつかせる。慌てて肩を支えようとする…瞬間、膝が痛みを訴える。

 そして俺までが倒れる。世界が傾く中でダッサと冷たく自分の心に投げかける。余計むなしくなった。


 コイツがバランスをとり続けようと軸足に力を入れたせいで、ヘンな回転が掛かり、着地した背中を思いっ切り擦る。


「いつっ!」

「っ、変態っ! 勝手に肩に触らないで」


 砂煙が落ち着くのも待たずにコイツは飛び起きて、身体を守るように腕をさする。


「おい、助けてもらったのにその態度はどうなんだ?」

「た、助けてなんて言ってない……1人ならケガなんてしなかった」

「元から足くじいてるやつがコケるのをみすみす見てられるかよ」

「足くじいてない」


 そんな事を言いつつも、こいつは踏み出した足に顔を顰めた。ほら、足くじいてんじゃねぇか。

 ヒリヒリと痛みを訴える肩を黙らせて立ち上がる。


「ムリしてどうせ蹴り技でもしてくじいたから転けたんだろ? 保健室行くぞ」

「っ」


 俺が伸ばした手を無視して、くるりと保健室に向かうコイツ。


「なれなれしくしないで。1人で行ける」


 そして一瞬立ち止まりそう吐き捨てるように言った。足を引きずりながら歩くその背中を見て、気付いたら呟いていた。


「これがツンデレなんだったら、どれほどかっ! くそっ! タイプなのに!」


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