第9話 (秘密・ひじかけ)
(秘密・ひじかけ)
「悠人…」
「な、なんだ?」
雪葉の香りにドキマギしてるせいで、上ずった声が出る。
雪葉は怪訝そうな顔をしてから、話を続ける。
「…これ…」
雪葉が教科書の文字をペンで指した。
余白の落書きはリストのように箇条書きになっている。なんだこれ、と自分でも思い、雪葉が口を開くと同時に思い出した。
「なにこれ…」
「…!?」
っ!その文字は…雪葉とGWでどこに出かけるかのリストだ…。
そう言えば一昨日授業の復習をするつもりが…いつの間にか妄想に変わってて、どこ行きたいかとか書き出した気もする…。
「…なんて書いてあるの?」
「へ?」
雪葉の言葉に間の抜けた声が出た。
教科書をよく、のぞき込む…と?
「おい悠人!」
「はいぃっ!なんですかっ!」
「授業中になに喋ってるんだ!」
「あ…」
そう、この国語教師、ウザい。たかがお喋りでいちいちキレる。
まぁ…授業中に喋る方が悪いんだけどさ。
「えと…」
言い訳を考えているとガタッ、と椅子の動く音と共に、雪葉のよく通る、凜とした声が耳を刺した。
「すいません、私が質問しました」
「…質問なら授業後にしろ。座ってよろしい」
「はい」
場の空気に押されるように座る。雪葉は飄々と、立ち上がったときにズレた前髪を耳の後ろに掛けた。
そして俺に顔を向ける。清楚な顔にドキッとする。
「あ…ありがとな」
「っ…嘘は言ってない…その…質問が続きだったからってだけで…かばうつもりじゃないから…」
雪葉は少しだけ、目の下を赤く染めて、小声で喋る。
今日は、雪葉の絵になるシーンが多い。
ジーっと眺めていると、顔を隠して再び口を開いた。
「それで…なんて書いてるの?」
ハッと我に返り、雪葉が指す文字を見る…と、俺が作った簡易文字で書かれていた。
と言っても五十音を母音と子音の組み合わせを示すハングル文字のパクリでしかないが。
そう言えばよくこれでサインとかを書いて巫山戯てたものだ。あぁ、若い頃は…。
そうか、読めないのか。
「えっと…オレモワカンナイ」
過去の俺、ありがとう。粋がって文字を作ったのかなんなのか知らないけど、ありがとう。
あと元ネタになった韓国のハングル文字もありがとう。
「ウソつき…」
「う…。えと…えと…」
あまり雪葉に嘘は言いたくないけど…かといって、さらけ出せるほど俺も度胸がある訳じゃないし…なにより、どうせ雪葉をデートに誘うなら格好良く誘った方がいい。
今話してしまったら、いざ誘う時にシラけてしまう。
「嘘つき…ホントは読めるでしょ…。イジワル…」
すこしだけむすっとした声で、でもちょっとだけ悲しそうな声。
俺を見る潤んだ双眸はどこまでも綺麗で透き通っている。
別に大した嘘でもないのに、胸が痛くなった。
いや、痛いんじゃない。キュンッ♡ってなった。
…キモいって言うなよ?
「お、教えない…」
「…秘密事は2つまで…」
「へ?」
「だからあと1つだけ…」
「な、なんの話だ?」
脈絡も何もない、突然の話の転換について行けない。
と、雪葉は顔を赤くして俯いた。
「…べ、別に秘密を知りたい訳じゃないし、隠されて悲しい訳でもないけど…。でも…秘密は二つまで…」
前々から分かってはいたんだ、それぐらい。別にわかりきっていたことなのに…。
俺の彼女がいい子過ぎる件。
ブログのタイトル案、変えとかなきゃな。
束縛してくるヤンデレは俺の守備範囲にないんだけど…これぐらいなら萌えるしちょっと好きかも。
過ぎた妄想から現実に戻ろうとすると、それを押し返すかのように、可愛すぎる言葉が飛んできた。
「じゃないと…許さない…。隠し事は…ゃ…///」
「分かった…っ」
さっきから心臓が鳴り止まない。煩くて何も聞こえない。
惚れ直す、そんな言葉を借りるぐらいじゃ足りない。
言葉で、口で、出し切れない感情はやがて行動へと変換される。
怒りが暴力に繋がるのと同じだ。それと同じように、愛情が抱擁へと繋が…。
「おい悠人、何喋ってるんだ?」
結果的に俺の変態的行動を止めてくれて嬉しいような、いいところを邪魔してきて腹が立つような…。
だが、そんな文句を言ってられるような状況ではなく…鬼の形相をした教師が、目の前にいた。
「ここ、もっと寄せた方がいいと思う…」
「え?どこだ?」
雪葉が言う会社の情報をパソコンに打ち続けていると、…雪葉の顔が急接近してきた。
何故か肘掛けがぶっ壊れて無くなっているせいで雪葉との最短距離は0センチになる。
女の子って肩すげぇ柔らけぇ…。ただの肩なのに、ふにっとした柔らかさ、Yシャツですら柔らかく感じる。
「悠人?」
「はえ?」
ボーッとしてたらEnterキーを押し続けていたようで、改行マークが十数ページにわたって続いていた。
慌てて消す…そして生まれた沈黙が、気まずいようで心地いい。
雪葉が更に俺に近づいて、ぼそりと呟いた。
「もう…ボーッとしないで…」
胸が当たっている、決して大きい訳ではないが、女の子って…柔らかいんだな。
どこかで見たような台詞を借りつつ、腕が少し沈んでいる胸の感触を楽しむ。
変態…なのは認めるが、俺は男なのだ、許せ…。
「…っ!」
急速に雪葉が離れた。まるで俺の考えを読み取ったかのようにバッチリなタイミングだった。
雪葉は自分の胸の前で腕をクロスさせてこっちをジトメで見ていふ。いつもの雪葉にしてはあまり顔が赤くない。
普通ならもっと、火を付けたかのように赤いのだが…。
「バカ…えっち…変態…」
「…す、すまん…」
「っ!…と…でも…に…って…らじゃな…と…ダメ…///」
途切れ途切れにしか聞こえない。
『悠人でも大人になってからじゃないと駄目』とかなんとか、俺はあり得ない文章を勝手に妄想して、心の中でニヤついていた。
…言える訳がない。私に言える訳がない、恥ずかしすぎる。
ゆ…とが…付く…まであ……ようって思ってたなんて…。
心臓が暴れ出していた。
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