第11話 (湿布・スプーン)


 (湿布・スプーン)


「バカだ……」


 保健室の真っ白な天井を眺めながら呟いた。

 意識が無くなる前の自分の発言を思い出す。

 確か――


「エロイプのために連絡先交換したいとか頭オカシイだろ。あと、人の胸にとやかく言うとかオワッてる」


 どちらにしろ変態である。そしてクズである。クズ、人としてクズである。

 どれだけ呪ったって、過去の自分の発言は消せない。

 でもまぁ、貧乳もタイプなんだけどな。

 っ、そもそもこんな事を考えてる時点で反省が足りていない。


「ごめんねと~♪」

「あら起きたの?でも歌わないでね~他にも寝てる人がいるから。もう四限も終わるからそのままでいなさいね」

「はい」


 感傷に浸ってちょっと歌うと、注意された。

 まぁそりゃそうか、保健室で歌うことが間違ってる。

 にしても暇だ。

 保健室の消毒液の匂いは意外と好きだが、暇な気分にさせる。腕時計を見ると、12時。確かに、四限の終盤。


 身体を横に向ける。と、目の前にセミロングのサラサラな黒髪があった。蛍光灯の光をよく反射していて綺麗だ。

 本能的に手を伸ばす……が、途中で止まった。


「ゆき、は?」


 声を掛けるが、動かない。身体を動かして俯いた雪葉を下からのぞき込むと、寝ているようだった。


 ……!? なんでここに雪葉が?

 いや、そんな事はどうでもいい! 寝ている雪葉だ! 凄く綺麗で可愛らしい! 愛らしい!

 って待てよ、雪葉は授業も受けずに俺の横にいてくれたのか?


「ゆ、うと……」


 名前を呼ばれてドキッとする、が、ただの寝言のようだ。

 そう、寝言で俺の名前を呼んでくれたのだ。雪葉がどれだけ俺の事を考えてくれているのか窺える。


 やっば、めっちゃドキドキする。だって、俺のことこんなに考えてくれるんだぜ!?可愛すぎだろ!

 てか髪の毛サラサラだな、触りてぇ。


「…っ!」


 好奇心が沸いて髪に手を伸ばし、その一房に指が触れてすぐ、雪葉が身体を跳ねさせ、顔を上げた。慌てて手をひく。

 雪葉は俺を見、右を見、左を見、もう一度俺を見る。そして口元に袖を当て、かるく噛んだ。

 その姿は可愛すぎる。

 数秒、顔が少しだけ赤くなった。


「っ~!」

「えと……」

「み、みてない?」

「何をだ?」

「ね、寝顔」

「あぁ、寝顔ならバッチリ見た。可愛かったぜ」

「っ……///」


 雪葉の赤い顔を見て、ようやく思い出す。

 そういえば俺、酷い発言をしてたんだった。雪葉が可愛すぎて忘れていたけど。

 正直、忘れたことにして乗り切りたい、けど謝らないのは釈然としないから口を開いた。


「あ、あのさ」

「ん……」

「その、ごめん。人としてクズな発言して」

「いい。許すから。私も殴ってごめん」


 あ、あれ平手打ちじゃなくてグーパンチだったんだ。

 今更ながら俺の頬に湿布が貼ってあることに気がついた。




「じゃ、俺学食だからここで……ん? 今日学食なのか?」


 弁当を作り忘れたので食堂に行く、と、一緒に四限終わりのギリギリまで保健室で時間を潰してくれた雪葉が付いてきた。

 いっつも弁当だったはずだけど。

 雪葉は小さく頷く。


「ん、なんとなく。学食初めて」

「そうなのか。いろいろメニューがあるから迷うだろうけど並んでないからよく考え――」


 その瞬間にチャイムがなり、上の階から椅子の引く音が響いてくる。

 券売機の行列はどの学校でもあるように、当然この学校も券売機の列は長い。

 雪葉はドタドタと近づいてくる大きな足音に焦り出した。

 分かる分かる、俺も一年の頃は焦ったな~。

 ぼんやりと雪葉を眺めていると、雪葉がオロオロと動く。可愛い。


「どうしよ」

「雪葉、アレルギーは?」

「ない、けど……」

「じゃ、これがお勧め」


 テキトウに定食を選んでボタンを押す。

 券売機特有の機械音がして、同時におつりも落ちてきた。

 その瞬間、身体が固まる。


 なぜか? 当然だ。雪葉の背中に腕を回して券売機に手を突き、俺はボタンを押した。

 つまり雪葉は今、俺の腕の中にいるのだ。ある意味、後ろ向きver.壁ドンだ。


「す、すまん!」

「ち、近い……/// へ、変態っ!」

「うわっ!」


 雪葉に突き飛ばされてたたらを踏む。

 が、それでもバランスを取れず後ろに倒れる…その瞬間、雪葉が俺の手を掴む。

 その顔に焦りと真剣さが見えて可愛いなって思った。

 あと立場は逆がよかったな。俺が雪葉の事助けたかった。そしたらもっとメロメロに出来たのに。

 雪葉の手を借りて体勢を立て直す。


「っと、ありがとな」

「ごめん、突き飛ばして」

「いや、助けてくれたんだし、こけてもそこまで怪我しなかったとおも――」

「ぬぉぉぉおお! おれが先だぁぁぁ!」


 多分一年生の雄叫びで俺の声がかき消される。

 雪葉は少し首を傾げて、ふふっと笑うと、いつの間にか落ちていた俺の食券を渡してくれた。

 そして、急速に顔を赤くし、視線をそらす。


「一緒に食べ――……その、どうしてもって言うなら、一緒に食べてあげなくもない」

「あぁ、どうしてものお願いだ。俺と一緒に昼飯食べてくれるか?」

「ん……」


 コクリと小さく頷いたのを見て、カウンターに向かって歩きはじめた。

 後ろから券売機特有の機械音が連続して聞こえ始める。

 ついでに雪葉の独り言も聞こえたが、別に大したことでもなさそうだから気にしないことにした。



「ずるい……」


 ずるい、本当にそう思う。気付いたらそう呟いていたが、悠人に聞こえたようすはない。

 一緒にお昼ご飯を食べようって素直に誘ったり、今だって自分の食券をカウンターに出す時にわざわざ私の食券も一緒に出してくれるその親切すら、私には出来ない。

 でも悠人はそれをさらっとやってのける。だから、悠人はずるい。


「ほらよ」


 悠人が私のトレーにスプーンを置いてくれる。いつか、私がやりたいな、って思ってたことだ。

 悠人が置いてくれたスプーンには、少し顔の赤い、歪んだ私がいた。




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