第13話 (イキリ・からかい)


 (イキリ・からかい)


 六限の体育、大声で告白したことを謝罪しようと声を掛ける……が。


「雪葉、さっきは――」

「別にいいよ」

「あ、おう?」


 いつものツンデレの雰囲気じゃなく、違和感を感じる。

 語末も『よ』になってて、全然違う。


「今日はドッチボールするぞ~! 1,2列目と3,4列目で勝負しろ~」

「せんせ~外野は~?」

「3人だ! あと3,4列目はビブス着ろ~」


 同じコートの雪葉に話しかけようとしても、寸前で雪葉が他の人に話しかけてしまう。

 避けられてる?


「……」


 まぁ、あんな大声で『好き』とか言い返すって流石にデリカシーがなさすぎたからか。そのせいだよな?

 イヤな考えが頭をよぎる。

 俺に愛想尽かしたとか? もしかして嘘の告白のことバレたりしたのか!? それで嫌われたとか!?


 雪葉を見ると、一瞬だけ目が合った。その瞬間雪葉が目を逸らす。

 目の下が少し赤かったような気もしなくも。


「悠人ォォォ!」


 ザキヤマの叫び声で周囲に視線を配ると、俺に向かって高速で接近してくるなにか。

 俺はただ目を見開いて、動くことが出来ない。

 その瞬間、視界に雪葉が映った。


 っ! ここは格好いいところを見せるシーンだ!


 雌に格好いいところを見せたがるのが雄の本能。それは自然界において至極当然のことであり、それは人にも存在する。


「うぉぉぉ!」


 が、雄は必ずしも強いとは限らない。

 身の丈に合わないことで雌の気を引こうとすることは逆効果である。また、その行動をする物のことをイキリ、と呼ぶ。


 そう、俺はイキリ、だったのだ。

 球技なんてからっきし駄目な俺は、ボールのキャッチの仕方なんて分かりやしない。


「…っ!」


 ボールは俺に当たって、宙に少しだけあがる。バランスを崩した俺はその場に尻餅をついた。

 その瞬間、雪葉が動き、落下したボールを簡単にキャッチする。

 そして雪葉は俺を見て、ニヤリ、と笑った。

 …なんか悔しい。…俺が格好良くキャッチしたかったんだけど。


「…あ、ありがと…雪葉…」

「うん。それと…」


 雪葉はザキヤマに片手でボールを投げつつ、話を続ける。


「さっきから私をチラチラ見てたけど…もしかして意識してるの?ゆうと可愛い~」

「…は?」


 反応が遅れる。誰だこいつ…?


「えと…雪葉?」

「うん、雪葉。私は雪葉。ゆうと、どうしたの?」


 にしし、と悪戯っぽい笑みを浮かべると、雪葉は俺の横に座る。

 そして俺に顔を寄せて、小首を傾げた。

 急接近に俺の心臓が跳ね、顔が赤くなる。


「え…いや、何も…///」

「そう?顔赤いけど?照れてるの?」


 …俺はこの雰囲気を知っている。

 確か…そうだ、俺が雪葉に告白した日の雰囲気と同じだ。




「その…俺は…」


 罪悪感と多少のテレで言葉が詰まる。

 俺はラノベではの告白スポット、屋上階段にいた。掃除係が碌に掃除もしないから埃がうっすらと積もっていた。


 ザキヤマ…なんでこいつに告白しなきゃなんねぇんだ?

 ツッケンドンな相手に告白するとかオカシイだろ、おいザキヤマ。

 罰ゲームで告白とかおかしすぎるだろ!


 昼休みの麻雀で最下位を取った奴は一位が指定した女子に告白しなければいけない。

 ザキヤマが陽気そうにそう言って、麻雀を始めた。

 そしてかのように俺が即死。あっと言う間に最下位になってしまった。


 多分、明日は学校に行ったら苦しい思いをしそうだ。告白して振られた、とか晒し者だ。

 でも、言うしかない。

 俺は頭を下げて、口を開いた。


「好きです!付き合って下さい!」

「っ…///…わ、分かった…私今フリーだし。そのあいだなら…っ!」


 いつもとげとげしい彼女からの言葉は、予想していたものとは違った。真反対だった。


 ビッチか?清楚系ビッチか?なんだその『私今フリー』ってなんなんだ?

 その次にそう思った。


 でも…顔を上げると…。

 すると、彼女も頭を精一杯下げて、目をギュッと瞑っていたのだ。

 まるで恋愛の初心者のように。とっても、初々しそうに、わざわざ握手の手までも、伸ばしてきた。


「え?」

「…だから、つ、付き合う。付き合うから。付き合わない?」


 は早口で捲し立ててしまう。意識が遠のいていく気がした。

 そして身体が咄嗟にさしだした手を、彼が握る。私の意識は完全に落ちた。


「あ、うん。はい…」


 まるで頭の奥から外を覗くような視界に切り替わる。勝手に、私の身体は動き始めた。

 いつも無言で、時々彼にトゲトゲしい言葉しか投げない私の口は解放されたかのようにお喋りになる。


「そっかぁ…それにしても…っ、ゆうと、私のこと好きだったんだぁ…へぇ~、いつから?」


 彼の戸惑う顔が見える。私の心臓は相変わらずバクバクしていた。

 けど、それでも"私"は彼に顔を近づけて、まるでかのようにイジワルな質問をしていた。




 放課後に告白したから、もうこのまま下校する訳だ。となると…少なくとも校門まで一緒に行くことは確実だ。

 知り合いに見つかったらどうしよう…いや、そんなのその時に考えるか。


「あのさ、なんで俺の告白受けてくれたんだ?」


 階段を降りながら聞く。

 彼女の質問攻めを切り返すと、一瞬、彼女は顔を赤く染めた…気がした。

 実のところ夕日に照らされているせいでよく分からない。


「そんなのゆうとと付き合いたいと思ってたから、以外にある?」


 当たり前でしょ、みたいな顔をして、飄々と言ってのけた。

 すると新たな疑問が頭に浮かぶ。


「じゃあなんで俺にいつもトゲトゲしいんだ?」

「…それはわからない。恥ずかしい、からかな?」

「え?恥ずかしい?」

「えっと…嫌いでツンツンしてるわけじゃないから。それだけ。あれ?ゆうともこっちの道なんだ」

「あ、あぁ…」


 俺の全く知らない彼女がいる。"多重人格"って言葉は頭をよぎる。

 俺の悪いクセは話題のモラル性を考えずにすぐ口に出すことだ。


「あのさ、お前は多重じんか…」

「雪葉」

「…え?」

「雪葉って呼んで。じゃないとイヤ…。それとも…」


 俺の耳元に口を寄せて囁いた。

 自分でも、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。


「もしかして名前呼び、恥ずかしいの?可愛ぃ」

「…っ、雪葉っ。言えばいいんだろっ、雪葉」

「ん。それでいい。で?なんの話?」


 やたら満足げにそう笑った雪葉の表情で、何を話そうとしたのか忘れた。

 そう言うと雪葉は、ときめいたから?と、いつもの雰囲気とは似つかわしくない、からかうような声で悪戯っぽく笑った。




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