第14話 (耳・教科書3)


 (耳・教科書3)


「ふふっ、ゆうと可愛ぃ~」


 俺は体育の授業からこの終礼までの間、ずっと雪葉から弄られ続けていた。俺が照れるとそこで雪葉がからかってくる。

 多重人格って読みは正しい、と思う。けどだからどうすればいいのかってのは分からない。

 病院に連れて行くべきなのか、そうじゃないのか…。


「…ホント…雪ちゃんじゃないみたい…」

「ハナサキ…お前も分かんないか…俺が雪葉に告白した日もこんな感じだったんだよ」

「ねぇ雪ちゃん、自分ではどうなの?」

「え~。多重人格かな?でも別にいいやって思うな~。記憶が無くなる訳でもないし…。

 ゆうとの事、いつもと違ってからかえるし」


 雪葉が後ろから俺の首に腕を絡める。少し冷たくて心地いい、ふにふにな腕が俺の首を優しく圧する。

 鳴り続けている心臓はもう無視することにした。


「からかい好きの雪葉だな…?からかい上手の雪葉さん?」

「雪ちゃん…いつものツンデレはどこ?」

「わかんな~い。ふへへへっ…ゆうと~」


 まぁ…なんかいつもと違って新鮮だしいいか…。

 担任が教室に入ってくる。

 いつもなら雪葉はすぐに自席に戻るのだが…。


「お~い、お前ら終礼するぞ~」

「「はいはい」」


 席を立って騒いでいた奴らが声をそろえて面倒臭そうに返事をする。ハナサキも例に漏れない。

 が、雪葉は違った。その場から動かないどころか、首に絡ませる腕にさらに力を入れる。


「あ~ん」


 耳たぶに息を吹きかけられたかと思うと、チリ、と小さな刺激が耳に走る。

 噛んでる?…耳を?


「な、ななな何やってるんだよ!汗できたねぇからヤメロっ!」

「ゆうとが常に私の事を思い出すための。あ、照れてる?ゆうとも私の耳噛んでいいんだよ?」

「か…噛む気なんてねぇよ!人前で!

 でもっておまじないが漢字表記のにしか聞こえないんだが!?」


 決して、噛んでみたい、みたいな事を思った訳ではない。耳を噛まれて動揺しただけだ。

 そんな噛まれたいなんて思った訳がないったらない。


「そこ!座んねぇと終礼はじまんねぇんだよ!あとイチャつくな悠人!」

「イチャついてねぇよ!」


 渋々席に戻る雪葉。そして終礼が始まってからもずっと俺を見続ける雪葉。

 俺は決して、その雪葉の耳を見ていた訳ではない。




「ゆうと?終礼終わったよ?」

「え?」

「ず~とボーッとしてたの?可愛ぃ~」

「…あのさぁ。何が可愛いのか教えてもらっていいか?」

「いっつもゆうとが私にいうじゃん、可愛い可愛いって。恥ずかしいんだからね?アレ」


 人ごとのように言うなよ…。いや、実際"今の雪葉"からしたら人ごとか…。


「俺は照れてたり喜んだり膨れたりしてる雪葉が可愛いって思うから、いっつも可愛いって言ってる。

 けど俺に可愛い要素なんて…」

「…可愛い。可愛いよ?可愛いぃ~」


 雪葉が巫山戯だして、そう連呼する。

 最初は全くもってなんとも無かった。ツンデレモードの雪葉のほうがいいな~って思ってるだけだった。

 のに…。


「か、わ、い、い…あ、顔赤くなってる~」

「ヤメロッ!俺もう帰る!」


 雪葉を振り払って、リュックを背負い、教室からでる。

 けど、途中で止まった。

 そのままUターンして教室に戻る。


 さっきまで上機嫌で俺をからかっていたくせに、雪葉は少ししょんぼりとしながら教科書を鞄に詰めていた。


 静かに歩み寄って、未だに俺に気付かない雪葉が持つ教科書を一冊奪った。

 と、雪葉がこっちを見て、目を見開いたあと、大きく、嬉しそうに笑った。


 …からかいモードの雪葉も可愛いじゃねぇか…。

 こっちが恥ずかしくなるような言葉を連呼するウザい雪葉、という認識を改める必要がありそうだ。




「ありがと」

「おう…約束だからな」


 雪葉と並んでキツい坂を上がる。この上には車屋台のクレープ屋があるが、その約束の日は明後日だ。

 毎日クレープを買っていたらいくらバイトをしていてもお金が無くなる。

 そこでふと思いついた。


「雪葉ってさ、バイトしてたりするのか?」


 この高校はバイトを推奨していて、バイトだけで内申点がもらえるから、学生の大半はバイトをしている。

 俺も例に漏れない。ましてや母子家庭だからお小遣いは自分で稼ぐ制度だ。

 父子家庭の雪葉ならバイトやってるかな~と…聞いてみると雪葉の意外な特技が判明した。。


「私は…漫画の網掛けとかベタ塗りとかをパソコンでやってる」

「すげぇな雪葉」

「まぁ…ずっとのことっ、書いてたから」


 一瞬、言葉が詰まって聞こえなかったが、すぐに少し自慢気に、誇らしげに短い髪を後ろに払い、雪葉が笑う。


 その瞬間、時間が止まった。恋に落ちるときは時間をゆっくりに感じるらしい、まさしくそれだ。


 同時に罪悪感がこみ上げてくる。胸が刺されたように苦しくなる。

 改めて今、雪葉のことが好きなんだと思うと、余計に苦しくなる。

 なんで俺…罰ゲームで告白しちゃったんだろ…。普通に好きになってから告白すればよかったのに。


「雪葉、俺はさ」

「なに?」

「…俺は…」


 言いたい、実は罰ゲームの告白だったけど、今は本気で好きなんだって言いたい。

 でも言った瞬間に、雪葉が俺の事を嫌いになってしまうかもしれない。

 それが怖くて言い出せない自分に腹が立つ。

 頑張って口を開いても、出たのはたかだかきれい事だった。


「ごめん…でもっ…今の気持ちは本気だ。俺は…雪葉が、本気で好きだ」


 交差点。俺は教科書を雪葉に押しつけるように返す。

 いつもなら信号が青になって、雪葉が渡りきるまで待つはずの帰路を俺は走り出した。


 嘘の告白だったって雪葉に言って、真っ新な状態で雪葉と付き合いたい。

 でも、俺には出来ない。雪葉に嫌われるのが怖い。

 怖くて怖くて仕方が無くて、どうしようも出来ない自分に腹が立った。




「はぁ…っ!私のバカバカバカバカ…。

 吹っ切れたからって…あんなに恥ずかしいこと…今まで我慢してたのに…なんでやっちゃうの…」


 すこしボーッとしていたようだ。

 "ゆうと"があんなに真面目腐った声で好きだとか言うから、心臓がバクバク跳ねる。

 いくら"ゆうと"をからかって恥ずかしさを紛らわせようとしても、結局私は恥ずかしがり屋に変わりない。


「好きとか…ずるいよ…あんな言葉…」


 しゃがみ込んで自分の頭を殴る。

 胸に手を当てると、思っていた以上に動きは速かった。




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