第21話 (肩枕・肉)
(肩枕・肉)
「雪葉、これからどうする?」
食器をシンクに放り込み、雪葉の横に座ると、うとうとしかけていた雪葉がピクリと跳ねた。
そして俺を見て、安心したようにせもたれに体を預ける。
「ふぁ、なんでもいい」
雪葉は小さな欠伸を1つして、眠そうに呟いた。欠伸をするときに手を口の前に持ってくるのが可愛い。
「そうか」
俺もさっきまで寝てたくせに、眠そうな声を聞いてこっちまで眠くなってくる。
「やばい、俺寝そう」
「ん、私も」
「マグロの頬肉っておいしいよな」
「いきなりなに?」
「いや、雪葉のほっぺたみてて思っただけ」
少し変態的発言だったのに反応がない、と思ったら、雪葉はすやすやと寝息を立てていた。
そんな雪葉を見て、そのまま意識が落ちていった。
「ただいま?」
開けた扉を閉める。どうも、俺は悠人の兄だ。
俺の見間違いか? 会社の忘れ物を取りに帰って来たんだが? ん? 今我が弟の横に誰かいた気が? ソファーから艶がかった黒髪の美少女の後頭部が覗いてた気がするんだが? ん?
音を立てないように静かに扉を開く。う~む、やはり誰かいる。
女の子か。そう言えば昨日は悠人の寝付きが悪かった。彼女……雪葉ちゃんとのデートだったのかもしれん。
電車が止まったから家に呼んだのか?
2人の前に回ってみると、雪葉ちゃんと肩に頭を乗せ合い、すやすやと寝ている。肩枕じゃねぇか。しかも手まで繋ぎやがって。
って恋人繋ぎっぽいその絡ませ方はなんだよ! 寝ながら手を繋ぐとかっ、くそっ。見ていて腹が立つ。
こいつら実は起きてるとか? いや、奥手な悠人も、風の噂によるとツンデレな雪葉ちゃんがそんなことする訳無い。
となると無意識で!? な、なんてラブコメチックなんだ。なんてラノベチックなんだ。
静かな寝息を聞いていると"恋愛"している俺の弟に猛烈に腹が立ってきた。別に俺は弟と違って童貞じゃないし彼女もいる。
くそっ、早く仕事に戻らねば。
「んん」
寝返りを打った雪葉ちゃんが、悠人に覆い被さり、その胸板に顔をうずめた。
そして息をすること数秒、幸せそうに顔をほころばせた。
チッ。クソッ。
「最低。罰ゲームで告白とか人の気持ちもてあそんでる」
呆れたなんて温かい言葉じゃない。冷たく突き放すような、んでもって少し悲しそうな声。失望の色が若干見える。
そんな声が聞こえてくる。
違う! 俺は、確かに罰ゲームだけど今の俺は……っ。
「見損なった」
目の前が真っ暗になる。なんでなんでこんなことに……。
っ……!
……何か大事な夢を見ていた気がする。思い出せないけど、大事なこと。
手が強く握られた。横を見る。雪葉が居る。寝ている。可愛い。
「可愛いな」
口から思ってることが漏れる。
手を握っているのか。あぁ、そうか。手を握っているのか。
「へぇ」
肩に重みを感じる。雪葉の頭が俺の肩に乗っていた。これがいわゆる肩枕、か。
手ヲ繋イデイル!? 肩ニ頭ガ乗ッテイル!?
意識が覚醒する。この状態が理解できない。
でも覚醒してない身体は震える手を、本能的に雪葉の頭へと伸ばす。
触れるとサラサラしていた。いい匂いが巻き上がる。今日は桜の匂いか。
「ん」
さわり方が気にくわなかったのか、眉を寄せて寝返りを打った。
俺の腕にしがみつき、俺の肩から頭を落とす。慌てて手を添えてゆっくりと、重力の任せるままに、俺の膝の上に着地させた。
不可抗力だ。決して、膝枕がしたくなった訳じゃない。
ふと目をやると、俺のクマさんは雪葉の足に踏まれている。潰れた顔は、卑屈にいいだろ~と自慢気にニヤニヤしていた。
少し、羨ましくないこともない。
「そのかわり俺は膝枕してんだよ、ざまぁみろ」
ガキっぽすぎる煽りを小声でして、クマさんから目をはなす。
相変わらず、手は雪葉の頭を撫でていた。
「背骨歪めるぞ」
JKを膝枕し、髪を撫で、自分のぬいぐるみはそのJKに踏み潰されて喜んでいる。
この状況を俺はすんなりと受け入れていた。
そぉ~っと横に移動して、曲がった雪葉の背骨を伸ばさせる。
クマさんの口角が更に上がった。
このマゾめ! ……う、羨ましいと思ってる俺もマゾ? いや、考えないようにしよう。
「ふみゅ。はーとまーく、
ドキッと心臓が跳ねた。雪葉の頭の中は絶対オムライスのケチャップのシーンが流れている。
まさか次も作ってくれるのか!? またあのオムライスが食えるのか? た、例えばだけど結婚したら…毎日、とか?
思考が飛躍するのは、思春期にありがちなことだと俺は思っている。あと毎日オムライス食べてたら流石に飽きる。
考えるのをやめよう。恋愛は安心とドキドキならドキドキ派の俺でもドキドキしすぎて多分身体が持たなくなる。
「ふぅ」
改めて見下ろしてみると、氷の女王、省エネクーラー、室内瞬間冷却器……高一のころの渾名はどこへやら、あどけない少女だ。
目に掛かっている髪を耳の後ろに掛けてやる。
なんか女性に膝枕してもらうのもいいけど、するのもいいな。
ふと、俺は雪葉の身体を見て、その一点に視線が寄せられてくる。好奇心が募り。
「寝てるし触ってもいいよな?」
指がそこに向かう。こんな無防備な姿を見て、我慢なんてできない。
予想は、指が沈んでめっちゃ気持ちいい。
「失礼します」
神聖な部位だ。おのずと、口から漏れる。本能が敬意を払うべきだと知っている。
ふにゅ。
ヒンヤリとしているそこは指を沈めさせ、包む。
ふにゅふにゅ……その度合いは予想以上だ。
ほんのりと赤いそこは、とても柔らかい。いつも赤くなるからほぐれているのか?
医学的なところはわからないけど、血液の流れが多くて柔らかいなら、毎日恥ずかしがらせることにしよう。
「ん、やぁ。ゆうと……」
雪葉がエロい声を出して顔を俺の腹に寄せる。起こしてしまった訳ではなさそうだ。だけど、非常に重大なことに気付く。
雪葉が起きたときにこの体勢だと、間違いなく雪葉は怒る、でもって俺を変態呼ばわりする。間違ってないけど心が傷つくのは避けたい。起こさないように離れなきゃならない。
「しゅき」
気絶した気がする。全身の毛細血管が切れた気がする。
たった今、雪葉から離れるというミッションは放棄することに決めた。
俺は、雪葉の"頬"に指を押し当てたまま固まった。
我に返ったのは雪葉の体勢がとんでもなく不健全な形へと変わったとき。
股のあたりに顔があるのは――彼女自慢のブログは消されるだろう。流石に不健全だ。やめておう。これはR18作品ではない。
エロティックな方に走ってもおかしくない状況だ。どんどんそういう方向に思考が傾いていく。
体が動きかけた瞬間、雪葉が寝言を呟いた。
「へんたい、えっち……///」
寝言が的確すぎて体が固まった。実は起きてるんじゃないかと、胸をさわって確かめてみた。寝てたし、まな板だった。
寝言のおかげもあって、結果としては耐えきったんだが。
「んぁ……?」
「お、おはよう」
体勢はそのまま、つまり、膝枕状態。
流石にあの体勢で起きられたら絶縁にもなりかねないので、顔のは反対を向かせておいた――が、起こさない範囲で動かすのはこれが限界だった。
「へ? きゃっ、へ、変態っ! ば、バカッ! はしたないっ!」
飛び起きた雪葉は俺から離れ、クマさんを抱きしめて壁の端まで逃げる。
「でもそっちから倒れて来たんだ。エロいこと目的でこうなったわけじゃないんだ」
極めて冷静に、そしてゆっくりと。
ここで俺が大声を出せば叫び合いになってしまう。雪葉と付き合うために覚えなきゃいけない108ヶ条の1つだ。
「っ!」
「どっちも寝てたしさ。寝返り打ったりしてこうなった訳で。
雪葉は全然悪くないぜ? 寝てたんだから。
だけど、俺に他意が無かったことも理解してくれるとうれしい。気持ちよさそうに寝てるし、起こせなかったんだよ」
そして108ヶ条、もうひとつは擁護。
雪葉は悪くない。喧嘩したときに言うと何故かキレるが、こういうエッチぃシーンの後の騒動ではもってこいのワード。
"はしたない女の子"は雪葉自身がイヤらしい。正直俺はエッチぃ雪葉も好きだと思うけど。
ついでに自分が悪くないことを織り交ぜておく。
「べ、別に……」
「すまん、嫌いになったよな。ごめん」
そして自虐、これでチェックメイトだ。
「べ、別に、き、嫌いになった訳じゃないっ! そんな嫌いじゃない!」
と言うことは好き? って台詞は飲み込む。言ったらぶっ飛ばされるし、完全否定されるから。
それで傷つくぐらいなら、妄想で嬉しくなる方が得策だ。
「わ、私変なこと言ってた?」
「えっと」
なにも言わない方がいい、絶対、絶対言うなよ? 恥ずかしがった雪葉がトゲのついた言葉を吐くだけだからな?
ヘンに雪葉を恥ずかしがらせたいとか思うんじゃねぇぞ?
フリみたいな忠告に、阿呆な俺は阿呆だから、口を開いてしまった。
「あぁ、好き、とか言ってた気がする」
「っ!? っ……ふぅぅぅ」
いやっ…私、落ち着いて?叫ぶなんて私らしくない。
今はふたりきりだからはっちゃけてるけど、凄く恥ずかしいことになってる。
ふ、ふたりきり――えへへっ! 冷徹な私!
冷徹な私! 冷徹な私を意識するのよ! うふっ、雪葉! しっかりしなさい! うふふふっ!
――周りに人いると思って、クールに、冷静に、を心がけて、そう、二人きり――でゅふふっ!
――今のなし。キモすぎた。
ふぅ。
こんがらがった感情を落ち着かせて、静かに言う。
「それ、きっと聞き間違い。そ、そう言えばお寿司の夢を見たから、
「キスじゃなくてスキな?」
「っ! い、言い間違えただけっ。と、トイレ借りてくるから!
ヘンな事言って私を惑わせないで変態。私はそんなこと言わない……っ///」
言葉のトゲを投げつけて、トイレに逃げた雪葉の背中を見て、呟いた。
「寿司関係で思い出した。マグロより雪葉の頬肉の方が美味しかったぞ」
そう言ってみたら、聞こえていたのか、テーブルのティッシュ箱をこちらに投げつけてきた。
やはり胸の果実については触れなくて正解だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます