第20話 (クレープ2・ケチャップ)
(クレープ2・ケチャップ)
Above mentioned――別に冒頭の白濁液は小麦粉を溶いたギョーザを作るの時の水であって、たんぱく質ではないと、ここに明言しておきます。
気付いたら、小さな膨らみと神聖で恥ずかしい丘を白濁液に汚されている、赤い顔で息を切らせた雪葉が、俺の下に寝ていた。ちらりと見上げる瞳には色が宿っていて、彼女は言った。
「もっかい……する?」
――なんて事があってたまるかぁぁぁっ!
「っ……はぁはぁ」
心の中で叫んだだけなのに、息切れした。頭の中の妄想を掻き消しただけなのに、冷や汗が背中を伝っていた。
雪葉を襲う? あり得ねぇよ! 俺の
「悠人っ!? まっ! まさか悠人もゾンビっ!?」
俺の突然の息づかいの荒さにヘンに驚く雪葉。そしてマシュマロが俺の腕から離れた。
それを悲しいと思ってしまうのは男の性だ。
雪葉が何を言っているのかというと、映画ではゾンビ化する前に呼吸が荒くなり、冷や汗を流す。
まさしく今の俺だ。
ここで俺は悪戯がしたくなった。前戯じゃない。
身体を数度跳ねさせ、雪葉を睨む。そして、声を低くした。
「ガルゥゥゥ……あ"~」
「えっ!? ゆっ、悠人!?」
「あ"、ゆ"ぎは」
「悠人! 巫山戯てるならやめてっ! こわいっ! クレープ!」
雪葉が後退りして、目をバッテンにして、最後に脈絡のないことを叫ぶ。
予想外の大きな反応に悪ノリしたくなる、というか悪ノリした。
「あ"~……」
「ゆ、ゆうと?」
雪葉の目尻に涙が溜まっていく。
えっ!? 泣くの!? なんで!?
一瞬、戸惑う。そして理解した。
流石に雪葉も本気で信じてる訳じゃないだろう。きっとこれはお芝居だ。ゾンビのフリをする俺にノッてくれてるだけなんだろう。
まさか、まさか俺がホントにゾンビになっただなんて、そんなことを信じている訳がない。
「っ……勝手にゾンビにならないでよっ! このバカッ!」
涙の跡を頬に数筋作り、そう叫んだ。雪葉の演技もサマになっている。
特級、フラグ建築士とは俺のことなのだろう。フラグ建築の匠とは俺のことだろう。
過去の自分を振り返ってそう思う。
が、その時の俺はそんなこと予想もしてなかった。考えていたのはただただ1つ。
泣いてる雪葉も可愛い。
「1人でゾンビになんてならないで……っ!」
瞬間、雪葉が俺の首に腕を回し、抱きついてきた。
柔らかい、いい匂い、とか考えてる自分を殴り殺して、もっと健全で小説的な事を考えるように命令する。
例えばフラグ回収とか、例えば感動シーンとかを想像しろと。
あぁ、そしてこのシーン、この台詞、俺はデジャブを感じる。
そうだ。何故か、兄貴がこの映画のオチだけ、俺にネタバレしたんだった。
いや、テンプレ過ぎんだろ。ベタじゃね? パクリやんとか、そんな提言は控えてもらおう。今の俺はただこの雪葉の言葉だけを受け入れるんだ!
「お願い、ゾンビになるなら私も、1人はイヤ……」
そして映画の幕引きの最後の台詞を雪葉が零した。一語一句違えずに。
「はいカッとぉぉぉっ!」
「え?」
「雪葉さ、演技うまくね!? てかこの映画のオチ知ってるのか!?」
「ゆ、悠人……ゾンビじゃないの?」
「?」
そして俺は自分がフラグ建築の神様なんだと自覚する。
「ま、まさかだけどさ、本気で俺がゾンビになったと」
「約束の言葉! 言ったのに!」
「は?」
「え……? あっ/// と、とにかく! ホント最低っ!」
覚えのないことを言われて首を傾げると、雪葉は一瞬、失望し、思いだし、恥ずかしがり、ムキになった顔をして、怒って、手を振り上げた。
普通の女の子の平手打ちよりも強すぎるその威力に、意識が落ちていく。その最中、コロコロ表情が変わってて可愛い、なんて思っていた。
「約束の言葉、忘れてた……」
悠人を殴ってしまったけど、悠人が悪いので謝らないように心に決めておく。
それぐらいムキになっていた。
絶叫をあげる映画をバラエティ番組に変えて音量を下げる。
「はぁ……」
下らないことで騒ぐバラエティ番組を眺めて、ため息が零れた。
手元のクマさんを叩くと、ポフポフと効果音がついた。
約束の言葉を、悠人に伝え忘れていた。なんで伝え忘れたのか。それは――
『約束の言葉』って響きがなんかちょっとロマンチックで少女漫画チックでときめきチックで、伝えるシーンを想像してキュンキュンしていた心臓だったけど、いざ伝えようと思うと恥ずかしくなって結局言えなかったんだ。
「バカ、こういう時のための約束の言葉なのに」
時計を見ると11時。倒れた悠人をソファーにしっかりと寝かせ、勝手に冷蔵庫を覗き見させてもらった。
お昼ご飯の作り置きとか準備とかはされてなさそうだ。炊飯器を覗いてみるとお米が少し残っている。
この材料でつくれるのはアレかな?
「そう言えば、映画のオチってなんだったんだろ……気になるけど、恐いし、恐いから悠人がいないと見れないし……」
手を洗いながらふと、呟いた。
「んぁ……」
淫夢から目が覚めて、うっすらと目を開く。目の前のテレビは昼のニュースを流していた。
あぁ、寝たのか……っ!? 雪葉に殴られて……そうだ、俺がゾンビのフリをしたせいだ。
起き上がって周りを見る、が、雪葉はいない。どこに行ったんだ!?
同時、鼻先を卵のいい匂いがくすぐる。
「この匂いは……?」
「あ、悠人、起きた?」
後ろから雪葉の声が聞こえて振り返ると、ポニーテールに髪を括った雪葉がいた。つい今までキッチンにいたようだ。
ポニーテール可愛い。明るさを感じる。可愛い。
ってそうじゃない。
「その、悪ノリしすぎてごめん」
「いい。それより、や、約束の言葉、作ろ……///」
「なんだそれ?」
少し頬を染めて小さく言った言葉は、ゾンビのフリをした時にも聞いたフレーズだ。
「えと、別に特別な意味じゃなくてっ……ホントに、本気の本気なのか聞くときに///」
「? 狼少年にならないための最終ボーダーライン的な?」
「ん、理解が早くて助かる。それでその言葉をっ」
ふと思い出す。そういえばさっき、いきなりなんか言ってたな。
「「クレープ」」
声が重なる。俺の予想は当たっていたようで、雪葉が目を見開いて俺を見つめる。
そして、息を吐くように軽く笑った。
「ん、クレープ。約束の言葉」
「なんかそう言われると気恥ずかしいけど」
差し出された小指に小指を絡め、軽く振った。
「勝手につくっちゃったけど大丈夫?」
「あぁごめん。昼飯なんて考えてなかった。ありがとう」
「ん、今日いきなりだったから仕方ない。アレルギーないよね?」
「おう、パプリカが苦手なだけだ。ありがとな」
目の前に置かれたのは、オムライス。出来立てホヤホヤ。
早速、手をつけようとすると皿を奪われる。みると、雪葉がケチャップを構えていた。
「あ、いいよ。オムライスは中のチャーハンの味で食べれるし、せっかくうまいのにもったいないだろ?」
「え、あ、ごめん」
「いや、お気遣いありがとな。でも、やっぱそのままの味で食べたいからさ、いただきます」
「ん……」
なんかちょっと複雑。
ケチャップでハートマークを描くのがライトノベルの真髄だとハナちゃんが力説していた。だから私も描こうとしていたんだけど。
料理を大事に思ってくれて嬉しいけど少しだけ悲しいかも。
自分のオムライスにケチャップをかけつつそう思っていると、うまいうまいと連呼して食べていた悠人が顔をあげた。
「ん? なんだ? ハートマークでも描いてくれるつもりだったのか?」
「っ! ち、違うっ!」
悠人の言葉が図星だ。ズボッと当たってる。けどっ、悠人に言われて気づいた。
ハートマークを描くだなんて、そんなのまるで、ハナちゃんに連れてかれた秋葉原のメイドカフェで頼んだ見た目だけ豪勢なオムライスだ。
私は悠人のメイドさんじゃない!
私は悠人のかの――と、友達……はちょっと悲しい。だって私は悠人のか、彼女だから。
偏見と混乱と矛盾を拗らせすぎている。
なんてつぶやく頭の一部を黙らせて、自分のやろうとしていたことを恥じる。
「わ、私は」
「お、俺は描いてくれたら嬉しいんだけどな~」
ふと悠人を見る。彼はオムライスを割って口に入れた後、爽やかに笑う。
「ま、まぁでも、またいつか作ってくれるときに……か、描いてくれたらそれでいいよ」
一つもドモらずに、すらすらと言いのけて笑った悠人が、とてもかっこいい。
そんなの期待してしまう。
またいつか、私がオムライス作れるんだ。いつだろ?
悠人のお嫁さんになって〜っ! ちょっ、想像だけでこんなに幸せ。えへへ……。
例えば、オムライス作ってくれた彼女が突然幸せそうにニヤけたらどうするのか。
答えはこうだ。
「約束、クレープ、だぜ」
「っ! ばかっ! い、頂きますっ!」
恥ずかしくても頑張って決め台詞を吐けたなら、きっと彼女は顔を真っ赤にして、慌ててオムライスを食べるだろう。
年不相応に、しかし可愛らしく口の周りをケチャップでもっと赤くしながら。
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