第19話 (ホラー映画・格ゲー)


 (ホラー映画・格ゲー)


「映画見るか?」

「ん、見たい。どんな映画?」

「兄貴が俺に押しつけてきたんだけどなかなか見れてないんだ。まぁ、R18のやつだけど」

「あっ、あ、あーるじゅうはちっ!?」

「おう。あ、もしかして怖いか? すまん」


 R18――私達まだ17才にもなってないのに? ってそこじゃなくて、はしたないっ。

 なんでそんな私と一緒にそういうHな映画を? もしかしてそのまま私を――こ、心の準備が! 勝負下着とか買ってるのに、それ着けてきてないし! って、今のなし!


「これだ。ゾンビのやつなんだけど」

「っ! ま、紛らわしいことしないでっ!」


 悠人が私に見せた円盤DVDの箱はホラー映画だった。

 別にR18でHな事を連想してしまったのは私が変態さんだからじゃない、悠人が変態さんだからそれに洗脳されてただけっ!


「おう、これ以外のホラー系統だと」

「ほっ、ホラーっ!?」

「あ、苦手だったか? すまん、なんかあったっけな?」


 悠人の言葉に、今更ながらホラー映画であることを認識した。他のDVDを探しに立ち上がった悠人。

 悠人は時々、とてもずるい。

 そんな、苦手だったか? なんて聞き方、私がうんとうなずけるわけがない。


「うげっ、おい引っ張るなよ。服伸びるだろ?」


 ムキになってしまった私は悠人の服の裾を掴んで、無理矢理座らせる。

 そして声が震えないように気をつけて。


「に、苦手じゃないしっ!? 別にこ、怖くないしっ」

「ホラーが?」

「……」


 真顔の悠人に、頷くのを躊躇ってしまう。カチコチと固まって、ロボットみたいな動きをする首を、むりやり縦に振った。


「嘘つけぇ。そんな震えるなって。なんかイイのあったっけな? あ、確かプライム会員だったっけ?」


 私を相手にしない悠人は、リモコンを触ろうとする。悔しい、なんか負けたみたいで悔しい。


「ん"ん"ん……。もしかして悠人がホラー映画怖いの? だからホラー映画見ないように話を進めてるの?」


 強く咳払いをして、ポニーテールを解きつつ、からかうように流し目で俺を笑う雪葉。

 そのわりに雪葉の肩は震えていて、クマさんは雪葉の太ももで強く圧迫されている。

 ……っ、いや決して俺は、クマさんテメェ俺と代われやゴラァ、自分の太もも《お前(関西弁)》とちゃうんやぞ、俺の太ももや、って思った訳じゃない。俺はそんな変態さんじゃない。


「雪葉、正気に戻って会話をしよう。ほんとに見たいのか?」

「……」


 しゅん、と俯いて力なく頷く。

 そこでようやく気付いた。雪葉は素直になれない。俺がムキにさせるような聞き方をしてしまったんだ、と。


「すまん、俺の聞き方が悪かった。ムキにさせちゃう聞き方してごめん」

「いい、その映画見よ?」

「いやっ、ムキになるなって。折角の映画なんだし」


 それでもムキになる雪葉をなだめようとすると、雪葉が俺の腕をぎゅっと掴んで、真剣な顔で俺を睨んだ。


「ホラー映画見たことないから怖いだけっ。興味はあるけど怖くて見る勇気がでなかったから今まで見たことないけどっ、だけどっ」


 確かにホラー映画は怖い、だけど、悠人がいるから大丈夫。

 そう続けようとして、やめた。

 まるでそんなの、悠人がいれば私は何でもできる。そう言っているのとほぼ相違ない。そんなのっ、私は悠人が大好きだ、と言ってるのとなにも変わらないっ!

 違う、悠人が告白してきたから私は応えてあげたのだ。そろそろ告白したいなとか思ってた訳でもないのだ。


 実際そうなんじゃないの? 言っちゃえばいいじゃん。知らないけど。


 ハナちゃんにいつか言われた言葉が甦る。

 そうか、これは逆にチャンスかもしれない。婉曲的遠回しに、悠人に好きだって言えるチャンスだ。

 これぐらいだったら私だって恥ずかしいけど、言えるハズだ。


「その悠人がいてくれれば大丈夫かな……? って……///」


 俺の腕を離して、ぽふぽふとクマさんの頭を叩きながら雪葉が呟いた。

 ドキン、ドキン。と、少女漫画なら書かれるシーン。いや、トゥクントゥクンか――キモいな。

 顔に血が上り、真っ赤になっていく。雪葉が、可愛い。鼓動が速くなり、声が上擦る。


「ふぉっ!? ふぉ、御菓子持ってくるっ。と、トイレはリビング出て右!」

「ん」


 ソファーから弾けるように立ち上がり、雪葉が小さく頷いたのを確認して、廊下に逃げ込んだ。


「はぁはぁはぁ」


 息切れが激しい。

 壁に背を付けて息を整える。数秒だけ休憩するつもりだったのに、ずるずると腰を落として、座り込んでしまった。

 出てきた言葉は、完全にノロケだったと思う。


「やっべぇ、幸せ」




「ひゃぁっ!」


 意外と面白い。

 多分夜は背中を床に付けないと怖くて寝れなくなるだろうけど。特にベットの下に潜んでいたストーカーが時間差でゾンビ化してしまい、JKをベットの下から噛み付くシーンとか。


「キャァッ!」


 先ほどから聞こえる途切れ途切れの雪葉の絶叫。身体を震わせながらも、ジーッとTVを見つめている。

 目が離せないってやつか。

 ふと顔を上げると、目尻に涙が溜まった状態で震えてたから、さすがに声をかけた。


「少しとめようか?」

「ちょっとだ、だけ……」


 俺はすぐにテレビの電源を切る。黒くなった画面に、最後の絶叫とばかりの悲鳴がテレビから聞こえて途切れた。

 最後まで怖がらせてくれるなぁオイ。


「どうする? 一旦休憩入れるか?」

「はぁはぁはぁはぁ」


 雪葉は叫び疲れて息切れしたらしい。身体が完全に縮こまっている。

 ちなみに俺のクマさんは抱き潰されて、身体が完全に変形している。


「そのっ、ちょっとお水」

「どうぞ」


 俺はこっそり、額に掻いた汗をぬぐい、背中を伝う冷や汗をソファーの背もたれでつぶしながら、雪葉にコップを渡した。

 そう、俺だってめちゃめちゃ怖がってる。正直、雪葉がいなきゃとうに絶叫を上げて狂ってるはずだ。


「っぷはぁ……ありがと。ちょっと怖い……」

「やめるか?」

「いいっ、でもちょっとだけ近づいてもいい? あっ///」


 潤んだ目を俺に向ける雪葉。俺のクマさんの目も、潤んでいるように見えた。

 多分熊さんは雪葉の圧迫で苦しくなって、泣いてるんだと思うけど。


「あっ、ゆ、悠人と違って不埒なことなんて考えてなくて! 悠人が逃げないようにっ!

 悠人は怖がりだからっ、逃げちゃうかもだから捕まえなきゃいけないしっ」


 素直になれないって大変だな。あ、ここの返答って決め台詞のシーンじゃね? 格好良くウィンクしながら。

 少しだけ傷ついた心臓を服の上から撫でつつ、馬鹿な脳みその指示通り決め台詞を吐いてみた。


「べ、つに問題なっいぜ?」

「じゃあ」


 決め台詞なのに噛んだことは不問だ。雪葉が可愛すぎてドッキンドッキンしてるんだよっ!

 でもって寄ってきた雪葉が近すぎて、更に心拍数が跳ね上がる。心臓が破裂するかも、とはこのことだ。そう、空いた穴から体の中の空洞に血を撒き散らすポンプを服の上から押さえた。


「そ、ぞれじゃ、再生するぞ」


 テレビの電源を付けた。同時に腕に雪葉の身体を感じる。そして雪葉は、絶叫の代わりに俺の腕を強く掴んだ。


「ん~っ……!」


 目をバッテンにさせる雪葉が新鮮すぎて惚れ直した。常にベタ惚れだけど。ホント可愛い。

 とかっ! 綺麗な心もあるけどっ!


 それ以上に――やべぇ、腕が胸に当たって……気持ちいい。

 ささやかなサイズであろうがソレ女子の胸部は男にとっては凶器。その効果は絶大。

 我が愚かな息子が覚醒してしまうかもしれない。

 あっ、中年のアレソレを考えれば萎えるって誰かがいってたな。


「悠人っ」


 友人の言葉通りの想像して愚息を諌めていると、雪葉が俺の名前を呼びつつ腕をささやかなマシュマロでつつんだ。


 頭の中にゲージが浮かぶ。格ゲーの両サイドから押し合うゲージのやつ。

 雪葉の無意識によるラッキースケベと、脳内で描かれる中年達の事象が押し合い圧し合いおしあいへしあい


「雪葉」

「なっ、なに?」

「襲ったらすまん」

「こ、怖いこと言わないでっ!」


 丁度、彼氏がゾンビになって彼女を襲うシーンだったようで、俺の言葉の意味を勘違いした雪葉が余計にキツく俺の腕を絞めた。



 もう、耐えられない。





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